地域の活性化や雇用、地球環境の保護などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動は「エシカル(Ethical)消費」と呼ばれます。近年「倫理(Ethic)」や「道徳」にかなった消費行動であるこの「エシカル消費」が持続可能(サステナブル)な社会の実現に重要であるとして、SDGsの広がりの影響もあり世界規模で定着してきました。
このような中ではビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方は、組織経営にあたって「エシカル消費」の基本となる「倫理」への理解を深める必要があります。
「倫理」とは物事の善悪の判断基準のことで「倫理」を追求する学問を「倫理学(Ethics)」といいます。エシカル消費の「人・社会・地域・環境に配慮する」という考え方は、倫理学において「愛(フィリア)」と呼ばれる概念に近く、卓越した人物であるためにはその実践が欠かせないとされています。
今回は古代ギリシアの哲学者 アリストテレスの古典「ニコマコス倫理学」を要約し、ビジネス・経営に必要な「倫理」の本質を解説していきます。
まず「倫理」には下記のような概念があります。
- 徳(アレテー):選択の基礎をなす魂(プシュケー)の状態で、あらゆるものを包括する一つの尺度
- 善(アガトン):善いこと、正しいこと
- 愛(フィリア):善い人同士が「人となり(人柄)」に基づき互いに想い合うこと
- 幸福(エウダイモニア):善く生きている状態
「倫理」には以下のような特徴があります。
善人(徳を備える人)の特徴
- 中庸(メソテース)である(極端から遠ざかり「正」「均等」を保持する)
- 真を観取する(何が良くて何が悪いかを知る)
- 自らすべてを悟る
- 善い言葉に従う
- 矜持(誇り、自尊心、プライド)がある
- 寛厚、穏和である(懐が深い、度量が広い)
- 抑制的で我慢強い
- 知慮(フロネーシス)がある
- 智慧(ソフィア)を備えている
- 過少をとるたちである
- 勇敢である
- 機知的である(ウィットに富んでいる)
- 健やかである
- 善人を友に持つ
- 他者にも自分にも親愛的である
- 後悔しないですむ行動をとる
- 善を施す(然るべき人々に与える)
- みずからの愛するものを首尾よく獲得する(無駄がない)
- 倫理的性状を実践する(上記を実行する)
愛(フィリア)の特徴
- 卓越した愛は「親愛」「友愛」である
- 善き人の相愛は互いの幸福をはかることに熱心である
- 善き人の相愛は両者の「中」に赴く
- 相愛は彼らが善き人である限り永続する
- 卓越した愛は「人となり(人柄)」に基づく(実利、快楽に基づかない)
- 親にとって子は第二の自己であるように、善き人にとって友は第二の自己である
幸福(エウダイモニア)の特徴
- 善く生きている、善くやっている状態である
- 麗しいもの・神的なものについて想念を持つ
- 観照する(本質や美を直感的に理解する)
- 大がかりなものを必要としない
- (幸福は)智者に宿り卓越しており連続的である
- 最高善の状態を習慣として生涯において活動する
- 支配、指導する位置にある
倫理学では人は原則として幸福を求めるもので、不幸になりたいと望む人はいないという前提があります。その点で「善く生きている、善くやっている状態」が人として最も幸福なことだとしています。さらに本書を掘り下げていくと、組織経営のためのヒントを多く見つけることができます。「倫理」に基づいた組織経営の原則を以下に紹介します。
善い組織経営のための「倫理」の原則
- 技術を磨くことは重要
- 最初に輪郭を造り後に細部を描く
- 万事を同一の人に配すべきでない
- 共に過ごす(会同が不足していない)ことは重要
- 遊びは活動のための休息である
- 施しのための財貨を必要とする
- 財貨を所有すべく心遣いしない人が財貨を所有することはできない
- 生きて「行為する」「制作する」ことは重要
- 不正行為の源泉は無識、憤激、欲情である
- 充分心して非徳を避けなければならない
- 「欲情」ではなく「選択」によって行動する
- 「学」は人に教えることができる
- 快楽と苦痛とにかかわる善悪を嚮導する(先に立って案内する)ことが真の教育である
- 成果の卓越は規模の壮大さに存している
- 豪華な人は公共的な永続性を有するものに関して費やす
- 人間は生を他と共にする
- 共同体にとっての幸福またはその諸条件を創出し守護する(共通の功益を求める)
- 政治の究極目的は最高善でなくてはならない
- 家(家政)は国(国政)に先だつ
- 政治とは市民たちを善き人間、うるわしきを行うべき人間につくることに最大の心遣いをなす
- 政治はすぐれた法律を通じて行われるもので、法律は知性に発する言葉であるとともに、強制的な力を有している
- 法律は不正義な人々のいる社会において存在する
- 立法者的な素養を積む努力をすることが重要
- 本質にあっては神や知性が、質にあってはもろもろの卓越性(徳)が、量にあっては適度が、関係にあっては有用が、時間にあっては好機が、場所にあっては適住地が善である
上記を総括すると「ニコマコス倫理学」によれば「倫理」が以下のような価値観を示していることが理解できます。
- 善くやっている、善く生きているという状態にある
- 中庸であり習慣的、永続的である
- 善い人同士が「人となり(人柄)」に基づき互いに想い合っている関係である
- 物事の本質や美、麗しいものや神的なものを直感的に理解する卓越した知慮を備えている
- 立法者的な素養を積み他者を感化している
これは経済活動に限らず、多様な他者との関係の中で生きる全ての人類にとっての処世術と言えるのではないでしょうか。
さて、本書の哲学を形成したアリストテレスは紀元前384年から322年に活動しました。アリストテレスはプラトン(哲学者)の弟子であり、プラトンは西洋哲学の基礎を築いた哲学者ソクラテスの弟子です。ソクラテスは、釈迦、キリスト、孔子と並んで四聖人と言われています。
アリストテレスの生きた時代は、人類史において世界で同時多発的に知の大爆発が起こった「枢軸時代」と呼ばれています。枢軸時代は紀元前500年前後(紀元前800〜200年)で、ソクラテス、プラトン、釈迦、孔子、ゾロアスター、ユダヤ教の預言者であるエリアやイザヤ、エレミヤなどが生きた時代であり、多くの哲学、宗教の原型となる概念が生まれた時代です。知の大爆発が起こった要因として、この頃は世界が温暖化した上、世界的に鉄器(農具)が普及したことで農業が発展し、それによって生活が豊かになり学問が発展したためとされています。
AIが進化する現代においては、近い将来、枢軸の時代と同じような知の大爆発が起こるかもしれません。このような時代に、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方にとっては、組織を経営していくにあたり確固たる判断の基準となり得る「倫理」への理解が強力な武器になることは間違いありません。
「倫理学」の古典である本書を手に取って、組織経営に取り組まれてはいかがでしょうか。
書籍の詳細は下記のリンクからご覧いただけます。