米を洗う(書籍)に学ぶマーケティングにおける「縁」と「企業哲学」の関係

「米を洗う」辻中俊樹 著・幻冬舎 刊を題材に、マーケティングにおける「縁」と「企業哲学」の関係について考えていきます。

本書は、新潟の米菓メーカー岩塚製菓と台湾発祥で中国・上海に拠点を置く旺旺集団(ワンワングループ)が、いかにして深い関係を築いていったかなど、両社の歴史を紐解く物語となっています。本書の中に「これも何かの縁でしょう。」と当時の岩塚製菓の槇計作社長が旺旺集団への技術提供を決断したシーンがあります。「縁」という理屈では説明できない繋がりを信じた直感的な経営判断が、後に両社にとって利益として大きな成果を生み出し続けていくことになります。売上高約3,314億円(日本円換算2019年)となった巨大食品企業、旺旺集団はその企業理念に「縁・自信・大団結」を掲げています。また、旺旺集団から岩塚製菓への株式配当は約22億円(2021年3月期)となっており、経常利益として岩塚製菓の研究開発など未来への挑戦を支えています。「縁」を大切にしたこのような直感的な判断は、特にデータやエビデンスを偏重する現代に、決定的に重要な要素となり得るのかもしれません。

稲

さて、この物語の中に「逆境は良薬、順境は凶器」という言葉が登場します。これは、物事が順調に進んでいる時こそ気を引き締めなければならず、逆境の時こそ希望を持たなければならないことを意味し、今でも岩塚製菓の共同創業者の平石金次郎氏直筆の書で岩塚製菓の本社に掲げられているそうです。本書には「縁」に始まり「恩」「感謝」「信頼」などの言葉で構成される両社の企業哲学の数々が紹介されています。これは企業としてあるべき価値観を示しているのですが、特徴的なのが、これらの言葉が、儒教や道教など東洋を起源とした価値観に基づいていることです。岩塚製菓と旺旺集団の「縁」は、アジア共通の価値観がつないできたのかもしれません。この時代において、日本がアジアの一国であることを忘れてはならないように思います。

また、本書には、旺旺集団が台湾や中国での事業拡大期に競合が現れた際のエピソードが紹介されています。台湾では価格を下げずに我慢比べをし、中国では競合と同価格帯で品質が優位な商品を別ブランドで出したそうです。それらの対応がいずれも奏功したそうですが、マーケティングにおいては同じように見える問題にも全く異なる対処方法が必要になることがわかります。

さらに本書には、1品1品の売り上げは小さくても確実に需要のある商品を多く持つ多品種少量生産やそれを支える生産方式、各地に点在するお互いの顔が見える「地域」を製品を通して結ぶというコンセプト、国産の良い原料のみを使った農産物の加工品を次の世代に繋いでいく取り組みなど、様々なマーケティングのエッセンスが随所に散りばめられています。本書にも登場する、岩塚製菓に創業から伝わる言葉をご紹介します。

農産物の加工品は原料より良いものはできない。
だから、良い原料を使用しなくてはならない。
ただし、良い原料からまずい加工品もできる。
だから、加工技術はしっかり身につけなければならない。
いくら加工技術を身につけても、悪い原料から良いものはできない。

アサギマダラとフジバカマ

これは、農産物の加工品のみならず、あらゆるものづくりに言えることではないでしょうか。企業哲学やビジョンは日常の些細な言動にも影響します。本書にも「why」という言葉として登場しますが、企業哲学の明文化は、自らは「なぜ」それをするのかを問うことから始まります。そして、良い企業哲学は良い「縁」を引き寄せるようです。ぜひ本書を通して、グローバル戦略の礎となった企業哲学に触れ、今一度皆様の企業哲学に向き合ってみていただければと思います。