ビジネスを強化する儒教の哲学「中庸」について

「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波文庫 刊)を題材に、ビジネスを強化する儒教の哲学「中庸」について解説していきます。文章中の一部の語句にwikipediaへのリンクを設置していますので、興味のある方は合わせてご覧ください。

儒教とは古代中国の教説で「己れ自身を修める」道徳説と「人を治める」民衆統治の政治説を兼ねた「修己治人」の哲学・思想から成り立っています。儒教の経典である「四書」を(1)大学(2)論語(3)孟子(4)中庸の順に学べば、人は誤りを犯すことがないとされています。今回は「四書」の中から「中庸」を題材に、ビジネスを強化・発展させるために経営者が持つべき価値観について解説していきます。

「中庸」の作者は古代中国の哲学者子思孔子の孫にあたる人物です。子思が道徳を重んじる「道学」が絶えるのを恐れて作った「中庸」を後に朱子(朱熹)が四書としてまとめたとされています。

この「中庸」には「極端に走らぬ中ほどをとる」という思想が根底にあります。自らが道徳心を備え心をその命令に従えることが中をとることであるとしています。「中庸」の実践の成果は、人間世界の秩序を正すことに留まらず、天地自然の造化育成の働きを助けるという宇宙万物の生成活動にも影響すると説いています。

「中庸」では大切にすべき人間関係として「五達道」(孟子の五倫)を、人が備えるべき普遍的な徳として「三達徳」を、さらに人に対する基本的な振る舞いとして「九経」を示しました。これらは時代を超えた普遍的な概念であるため、これらを理解することはビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方が成果を上げるために即効性があり非常に有効な手段となることに違いありません。

五達道

  • 君臣(社会組織)
  • 父子(親子)
  • 夫婦
  • 昆弟(兄弟)
  • 盟友

三達徳

  • 智(道理に適った正しい知恵)
  • 仁(人を思いやる心)
  • 勇(挑戦する勇気と自らに勝つ意志)

九経

  1. 君主(統治者)がその身を修めること
  2. 賢人を賢人として尊重すること
  3. 親しい肉親を親愛すること
  4. 大臣(国政を司る重要官職)を尊敬すること
  5. 群臣(多くの臣下)をその身になって思いやること
  6. 庶民(一般の人々)を慈しむこと
  7. もろもろの工人(職人・労働者)をねぎらうこと
  8. 遠い異国の人々をやわらげること
  9. 諸侯(地域の支配者)たちをなつけること

さて中庸にはその特徴として積極的に環境に影響を与えていく能動性を見ることができます。後述しますが、これは儒教が為政者のための宗教であることに理由があります。そして為政者がどのような論理に基づいて社会を統治していくのかというと、それは「自然界の秩序」に他なりません。為政者は自然の一部として、天から与えられた役割を、天(自然)の摂理に適った形で果たすことを求められたことの表れと言えるかもしれません。

自然界の秩序と政治の関係

  • 天が万物を生育するそのしかたは、必ず物の素質に随ってそれを発展させていく。天(自然)はしっかり根づいているものはさらに養って生育を助けるが、しおれて傾いているものは引き抜いてしまう
  • 微妙なことほど明らかになり、誠があれば必ず隠れてはいない
  • 人の行うべきことは善い政治につとめることで、それは大地の営みが草木の生育につとめるのと同じ
  • 政治とは他人の子をわが子として育てるようなもの

聖人君子(人格者)とは

  • 誠(誠実さ)を備え天命に従って行動し、他人や物の本性を働かせる
  • 物事に個別的に対応し、周囲に誠実さが備わるようにつとめ、物事に変化を及ぼす
  • 道(自然界の秩序)を規準として行動し、中庸(偏り・過不足のない状態)に沿う
  • 高い位についてもおごり高ぶらず、低い地位にいても上に背くことがない
  • 物事の推移を前もって予知できる
  • 外を飾るよりも内心を修め、威厳につとめることはしない
  • 自分と外的な環境を一つに合わせるからいつもうまくいく
  • 徳(卓越性)と位(地位)と時(タイミング)を備えている
  • 平時には立派に発言ができて高い地位につき、乱世には深い沈黙ができて禍を免れる
  • 行動を起こすまでもなく人から尊敬され、ことばを出すまでもなく人から信用される
  • 偉大な徳をそなえふさわしい地位、俸禄、名声、長寿を得る
  • 身近なことから取り組むことで遠くへ行ける(小事から始め大事を成す)
  • 善行に徹する(悪を隠して善を揚げ、その両端を執りて、その中を民に用う)
  • すべきことを事前にする
  • 人に求めることを自分に求める
  • 何事でもひろく学んで知識をひろめ、詳しく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする
  • 勤勉で惑わず、努力家で憂えず、勇敢で怖れない
  • 中庸を摂り、どんな境遇になろうとも、それにふさわしい形で自分の道を守りつづけていくから、むりのない安らかな境地にいて運命のなりゆきを待つことができる
  • 先祖の事業を立派に引き継ぎ今は亡き死者に仕える
  • 心霊の意向をたずね疑問がないことを実行する
  • 百代ものちの聖人にはかって疑惑がないことを実行する

政治については「政を為すは人に在り。人を取るには身を以てし、身を修めるには道を以てし、道を修めるには仁を以てす」という記述があります。徳の高い人はまずは自らを律することで人々を治めますが、その思想を周りに推し広める役割も担っています。

聖人君子はそうはいませんが「中庸」には、この思想について「生まれながらにしてこれを知り、或いは学んでこれを知り、或いは困(くる)しんでこれを知る。そのこれを知るに及んでは、一なり」という記述があります。つまり、この思想は聖人君子だけのものだけではなく、中庸に生きる道はすべての人に開かれているということです。
また、最高の徳には声もなければ匂いもなく毛のように軽いものでとしています。最高の徳は主張しないことを説いており、これは謙虚であることの重要性と解釈することができます。

余談ですが、古代中国では「中庸」の究明をした孟子が没すると異端の老荘の道家や仏教の徒が盛んになったようです。しかしながら、老荘流の虚無主義や仏教の寂滅主義では「天下国家を治めるのが難しい」という考え方も根強く、それが「中庸」の思想を支えてきたようです。538年に百済から日本に伝来したとされる仏教ですが、実は儒教は513年に同じく百済から仏教よりも早く伝来したとされています。仏教は人々の心の拠り所となり、儒教は武家の教育に用いられたことからも分かるように、仏教は広く人民のための、儒教は統治する側の宗教であると理解することができます。だからこそ儒教、とりわけその基礎となった「中庸」の思想は経営やマネジメントの手法そのものです。これを知ることは、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方にとって非常に重要です。

このような本質的で内容の濃い情報が詰まった本書「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波文庫 刊)を是非お手に取っていただくことをおすすめします。なお、本書には「中庸」だけでなく「大学」という経典も含まれています。「大学」については「ビジネスを強化する儒教の哲学『大学』について」で紹介しています。合わせてご覧ください。

書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。

(当記事執筆者:辻中 玲

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