ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」からビジネスの目的を考える

サピエンス全史 – 文明の構造と人類の幸福」(ユヴァル・ノア・ハラリ 著)を題材に、人類史から社会の起源と未来を俯瞰し、市場や経済の本質について考察していきます。

著者のユヴァル・ノア・ハラリはイスラエルの歴史学者で、人類の歴史と未来を壮大なスケールで描いた本書「サピエンス全史」は、2011年にイスラエルで初版が出版、その後50か国以上で出版され世界的ベストセラーとなりました。同じく人類の未来について書かれた同氏の著書「ホモ・デウス – テクノロジーとサピエンスの未来」も世界的ベストセラーとなっています。

人類は認知革命・農業革命・科学革命を通して進化してきました。「サピエンス全史」では人類統一の三つの要素を「貨幣、帝国、宗教」であるとしています。それらは、人々が共通の物語や意味づけを信じることで成立する想像上の秩序、ハラリの言うところの「虚構(imagined order)」によって支えられています。ハラリは、人類が大規模な協力関係を築き発展を遂げた最大の要因の一つとして、この「虚構」を生み出し共有する能力を挙げています。

またハラリは、科学技術の発展によって、人類が生物学的な進化とは異なるかたちで、自らを変えていく段階に入りつつあると指摘しています。
その延長線上には、人間の能力を大きく超える存在が生まれる可能性や、人間が「神のような力」を手に入れようとする価値観が現れていることにも触れています。

さらに、AIのような人類の創造物が判断や意思決定を担うようになれば、人間がこれまで担ってきた「意味を与える側」という立場が揺らぐ可能性があります。いわゆるシンギュラリティと呼ばれる状況においては、私たちが当たり前だと思ってきた価値観や社会の前提が、大きく問い直されることになるかもしれません。

本書の内容を下記に要約してまとめました。本書の内容から未来のビジネスを考え、持続的な成長を実現するためのヒントにしていただければと思います。

ユヴァル・ノア・ハラリ
ユヴァル・ノア・ハラリ
(1976年〜)

人類は、認知革命・農業革命・科学革命を通じて社会の仕組みと能力を拡張してきました。しかし、その進歩は常に繁栄と同時に新たな問いやリスクも生み出してきました。人類に起こった3つの革命から整理していきます。

認知革命(7万年前から3万年前)

  • 人類は言語を発達させ、「物語」や「想像上の秩序」を共有できるようになった。
  • これにより、血縁を超えた大規模な協力や組織化が可能になった。
  • 文字(書記体系)の発明によって、情報の蓄積と大規模な管理が可能になり、社会はさらに複雑化した。

農業革命(約1万年前)

  • 農耕の開始によって食糧の余剰が生まれ、政治・戦争・芸術・哲学などの活動が発展した。
  • 一方で、人類は生態系に大きな影響を与え、多くの大型動物を絶滅へ追い込んだ。
  • 家畜化は人類の繁栄をもたらしたが、動物の幸福という観点では大きな犠牲も生んだ。

科学革命(近代以降)

  • 近代科学は「自分たちはまだ多くを知らない」という無知の自覚から始まった。
  • 科学研究と技術開発への投資によって、人類は急速に能力を拡張してきた。
  • その結果、エネルギー利用や生命操作など、自然の制約を超える力を手にしつつある。

生物工学・サイボーグ技術・AIといった技術の進展は、人類の能力を拡張するだけでなく、人類そのものの在り方を変えていく可能性を秘めており、その先には人間の能力を大きく超える存在が生まれる可能性も指摘されています。AIが判断や権限を担うようになれば、人間の役割や価値観そのものが問い直されることにもなります。

認知革命から始まった人類の目覚ましい発展は、技術や制度の進化だけでなく、人々が共通の物語や意味づけを信じる力によって支えられてきました。
こうした「想像上の秩序(虚構)」は、抽象的な概念にとどまらず、宗教・貨幣・帝国といった具体的な仕組みとして社会の中に組み込まれ、長い時間をかけて人類の行動や価値観を形づくってきました。
ここからは、これら三つの代表的な“虚構”が、どのように人類社会を動かしてきたのかを整理していきます。

宗教・神話(意味と秩序を与える虚構)

  • 宗教は「世界はなぜこうなっているのか」「どう生きるべきか」といった問いに対し、包括的な物語を与えてきた。
  • 一神教は「なぜ悪が存在するのか(悪の問題)」という問いに直面し、二元論的宗教は「秩序の起源」をめぐって葛藤してきた。
  • 仏教は、苦しみの原因を「渇愛(欲望・執着)」に求め、それを手放すことで解放に至るという独自の世界観を提示している。
  • いずれの宗教も、人々の行動や社会秩序を支える“意味の枠組み”として機能してきた。

貨幣・経済(信頼を媒介する虚構)

  • 現代の貨幣の大部分は、紙幣や硬貨ではなくデジタルデータとして存在している。
  • 貨幣の本質は物質ではなく「それに価値があると信じる」という心理的・社会的な合意にある。
  • あらゆる貨幣の原材料は「信頼」であり、貨幣は最も普遍的で効率的な相互信頼の制度である。
  • 資本主義経済は、「将来はより良くなる」という期待=信用の循環によって成り立ってきた。
  • しかし自由市場は自動的に公正さを保証するわけではなく、国家や制度による調整が不可欠である。

帝国(暴力と秩序を正当化する虚構)

  • 歴史上の帝国は、戦争・奴隷化・迫害といった暴力を通じて形成・維持されてきた。
  • 同時に帝国の支配層は、哲学・芸術・道義・慈善といった文化的活動にも資源を投じてきた。
  • 多くの帝国は、自らの支配を「全人類のための普遍的秩序」として正当化してきた。
  • その結果、多民族・多文化が一つの秩序のもとに組み込まれるグローバルな社会構造が生まれた。
  • 現代では核兵器の登場により、大国間戦争のコストが極端に高まり、「戦争より平和の方が得になる」構造が生まれている。

宗教・貨幣・帝国はいずれも、人々が共有する「虚構(想像上の秩序)」として機能し、人類社会の秩序や協力関係を形づくってきました。
これらの仕組みは、人々に意味や信頼、正当性を与えることで、大規模な社会を成立させてきました。私たちが生きる現代社会は、こうした「虚構」の上に成り立っていることを忘れてはなりません。

幸福とは何か(ビジネスの目的との関係)

では、こうした仕組みの中で生きる私たちにとって、人類にとっての最も重要なテーマである「幸福」とは何なのでしょうか。そして、事業やビジネスを行う目的において、この幸福の価値観をどのように位置づけるべきなのでしょうか。

ハラリは、幸福とは外的な豊かさではなく、私たちが主観的に感じる心の状態であるとしています。産業革命以降、社会は物質的に豊かになった一方で、家族や地域コミュニティといった人間関係は弱まり、幸福の感じ方との間にズレが生まれてきました。多くの研究が示すように、家族や身近な人とのつながりは、富や健康以上に幸福感に影響します。

また、「より多くを手に入れること」よりも「いま持っているものに満足できるかどうか」の方が幸福感には大きく影響します。ニューエイジのスローガン「幸せは身の内より発する」や、ニーチェの「生きる理由があるなら、どのような生き方にもたいてい耐えられる」という言葉は、幸福が外部条件だけで決まらないことを示唆しています。

物質的にはかつてないほど豊かな社会になった現代においても、自殺のような内面的な苦しみは依然として大きな問題であり、人類の進歩がそのまま幸福の増大につながるわけではないことが分かります。ルソーの「私が良いと感じるものは良い。私が良くないと感じるものは良くない」と言う言葉は、善悪や価値の判断は、最終的には個人の内面の評価に大きく依存することを意味しています。

「虚構」とビジネスの成長

本記事で見てきたように、人類の発展の源泉の一つが「虚構(想像上の秩序)」であるならば、ビジネスを成長させるためのパーパス、ビジョン、戦略、デザイン、マーケティングといった要素にも「虚構」は欠かせません。企業が掲げる理念や物語は、人々の行動を方向づけ、組織を動かす力になります。
現代のビジネスパーソンには、単にモノやサービスを提供するだけでなく、人々が共感できる「物語(虚構)」を構想し、社会に提示する力が求められているともいえるでしょう。

ハラリの示唆と、ビジネスへの応用

ハラリは、私たち人類が自らの選択がもたらす結果の全体像を完全に見通すことはできないとしつつも、科学や技術が進もうとしている方向に影響を与える努力はできると述べています。そのために私たち一人ひとりが、「何になりたいのか」「何を望みたいのか」を問い続ける必要があるとしています。

この視点に立てば、企業の成長においても、事業を行う理由(パーパス)や目指す姿(ビジョン)、企業哲学や文化といった“虚構”を意識的に設計することが、ますます重要になっていくと理解できます。また、単に「人類の幸福」だけを目的とするのではなく、より高い次元の倫理観のもとで事業の方向性を考える必要性も浮かび上がってきます。

人類史を俯瞰することで、私たちが無意識のうちに依拠している価値観や「虚構」の存在に気づかされます。企業を成長させるための「物語」を構想するヒントが詰まった本書は、特に経営者やマネジメント層の方々にとって、多くの示唆を与えてくれる一冊です。

是非『サピエンス全史』を手に取り、人類史の視点から自社のパーパスやビジョンを見直すきっかけとして活用してみてください。『サピエンス全史』の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。

(当記事執筆者:辻中 玲

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