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齋藤ジン「世界秩序が変わるとき」から次世代の企業戦略について考える

今回は「世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ」齋藤ジン 著・文藝春秋 刊を題材に、次世代の経営戦略について考えていきます。ポスト新自由主義の世界秩序の理解につながる要点と経営者やビジネスパーソンがすぐに仕事で実践できる取り組みについて整理しました。 まず、新自由主義と呼ばれるこれまでの社会は下記を前提として成り立ってきました。 政府介入は小さい方がよい 市場は最適化する 個人の自己責任 しかし、新自由主義により格差が広がり過ぎたため世界は次世代の社会あり方を模索しています。著者の齋藤ジン氏は、今後の米国は政府が介入し「広い庭に高い壁」の政策が取られ、その結果として次のような社会が到来すると見込んでいます。 米中対立が激化し冷戦となる(米国の中国への抑止力が強化される) サプライチェーンは非常時への備え重視の体制「ジャスト・イン・ケース(JIC)」へ 日本は自国回帰・政治主導の再設計で追い風となる 次のアジアの成長エンジンはインド そのような状況に合わせ、日本が国家として取り組まなければならないことは下記と指摘しています。 効率的な政治介入体制の構築 1,000兆円の家計の金融資産の運用体制の構築 政財官の連携強化 安全保障の強化 その上で日本の企業がしなければならないことを次のように指摘しています。 コア集中×IT化×ホワイト化で生産性向上(財務健全化・品質向上・長時間労働脱却・人材と価値観の多様化・価格転嫁・契約条件見直し等) ジャスト・イン・ケース(JIC)型サプライチェーンの再構築(代替調達先・在庫の最適化・国内回帰の採算モデル構築 等) 収益力を強化しゾンビ企業淘汰の時代に備える 資産運用と雇用流動化でインフレ時代に備える 希望(べき論)を排し現実のシナリオを実務に反映する 多様な意見を市場に取り込む 本書は、新自由主義の終わりを嘆く本ではありません。著者の視点は、日本はIT投資による業務自動化・データ連携・AI活用などにより、まだまだ伸び代があると指摘しています。2025年1月20日のドナルド・トランプ米国大統領の第2期就任に象徴されるように、世界のゲームのルールが変わったことを冷静に受け止め、その上ですべてのビジネスパーソンは「希望は戦略ではない」ことを理解し実務の再設計に取り組む必要があります。政治主導による国内資金の活用を武器に、企業はコア事業への集中、JIC供給網の構築、ホワイト化、IT化などにより、日本の「順風」を成果に変えていかなければなりません。 経営者やビジネスパーソンにとって世界情勢の大きな変化を理解することは重要です。本書は次世代の世界情勢を理解するための有益な示唆に溢れています。ぜひ本書をお読みになり、この変化を好機と捉えて成長を目指していただければと思います。下記のリンクからAmazonにジャンプします。(当サイトはAmazonアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。下記のリンクからお買い物をしていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。) (当記事執筆者:辻中 玲) 「世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ」齋藤ジン 著・文藝春秋 刊 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則 ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則

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カール・マルクス「資本論」に学ぶビジネスの付加価値を高める方法

カール・マルクス(1818〜1883年)は、ドイツ出身の哲学者・経済学者・思想家で、資本主義社会の構造と矛盾を批判的に分析した著書「資本論」で知られます。マルクスは労働が価値を生み、資本と労働の対立から歴史が発展すると説きました。社会主義思想の理論的基礎を築き、政治・経済・哲学に大きな影響を与えました。 ここでは「資本論」を題材に、ビジネスの源泉である「労働・資本・価値創造」の関係を理解するための要点を解説していきます。「資本論」では資本が労働の価値を増幅させ利潤を生み出すプロセスを明らかにします。資本の働きを理解することは事業の付加価値を高めることに役立ちます。なお、当記事は資本の働きを理解することを目的としたもので、社会主義を肯定するものではありませんのでご留意ください。 カール・マルクス(1818年〜1883年) まず、資本の働きを知るためには、流通に2つの回路があることを理解する必要があります。 「商品→貨幣→商品」(W–G–W)※ W = Ware(商品)、G = Geld(貨幣)卵を100円で売って貨幣に換え、その貨幣で100円の小麦を買う生活目的の交換。卵と小麦の価値は同じである。 「貨幣→商品→貨幣’」(G–W–G’)200円の原料(それぞれ100円の卵と小麦)を買い、菓子職人に200円の報酬を支払い、菓子を作り500円で売る(500円を回収する)貨幣を増やす目的の交換。交換後に貨幣が100円増加することになる。G–W–G’の最初のGは「前貸G = 原料200+賃金200 = 400」を、最後のGは「回収G’ = 500(ΔG = 100 ※剰余価値)」を意味し、前貸Gは「c+v」で、回収G’は「c+v+s」で示すことができる。c(不変資本)→ 原価(材料費・減価償却等)v(可変資本)→ 製造部門の人件費s(剰余価値)→ 剰余価値この概念により、価値創造のプロセスを下記の数式で示すことができる。価値の構成:W = c+v+s剰余価値率:s/v利潤率:s/(c+v) マルクスは、資本により労働力が生活目的の交換価値を超えて余剰を生み出すことを示しました。その剰余価値が資本家の利潤になる働きを「労働力の搾取」として問題視し、この思想が社会主義を形づくりました。下記に資本論が示した価値創造の原則を紹介します。 人間は道具を作る動物(設備は資本である) 使用対象でないものは無価値(使用されるものが価値) 価値の実体は労働(勤労には高い価値がある) 労働は新しい使用価値を作る(付加価値の源泉は勤労) 「すべての売りは買い」である(働くことと買うことは同義) 生産手段は価値移転のみ、流通は価値創造しない(勤労なくして付加価値なし) マルクスの示した資本の働きを最大限に活かし、企業を成長させ続けるために必要な要件を下記にまとめました。 成長する企業の3つの要件 勤労者を大切にする 社会の需要に応える 価値創造を最大化する さて「資本論」は資本とは価値が自らを増殖する運動であり、資本のために労働力という特別な商品が市場に登場するという価値創造のプロセスを明確にしたビジネスの示唆に富む内容です。どこで価値が創造され、どこで移転されるのかを知ることは、自社のビジネスを理解することに役立ちます。つまり「買うために売る」ことと「売るために買う」ことの違いを理解する視点の転換こそが価値創造を最大化する最短ルートと言えます。 またマルクスは本書において、ダンテの神曲から「汝の道をゆけ、そして人にはその言うにまかせよ」という言葉を引用しています。資本主義の搾取や矛盾を覆い隠す楽観主義へのアンチテーゼを唱え、科学的分析の必要性を強調したマルクスへの多くの批判に対して、自らの理論への自負を込めた引用であると考えられています。この引用はあらゆる人にとって心強い励ましの言葉となるのではないでしょうか。ぜひご自身の独自性を最大限に発揮してビジネスを成長させていただければと思います。 ビジネスの「労働・資本・価値創造」の本質が理解できる「資本論」をお読みになってはいかがでしょうか。「資本論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。(当サイトはAmazonアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。下記のリンクからお買い物をしていただけると嬉しいです。) (当記事執筆者:辻中 玲) 資本論(1)カールマルクス 著、岡崎次郎 訳、大月書店 刊 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則 ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則

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アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則

アダム・スミスの「国富論」を題材に、事業の成長に必要な要因について考察していきます。アダム・スミス(1723〜1790年)は、イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者で「経済学の父」と呼ばれ、特に代表的著書の「国富論」は現代の経営にも活かせる示唆に富んでいます。 「国富論」には市場経済を理解する上で重要な「見えざる手」という概念が登場します。「見えざる手」とは、各人が自分に有利な資本の使い道を探れば社会に最も有利な使い道に近づくという考え方で、市場の自動調整機能を意味します。政府の介入なしに経済が発展する自由競争肯定の論拠となる概念です。 本書に登場する経済・社会、ビジネスの原則を簡潔に整理し、現代のビジネスの成長に役立つ要素を下記に抽出しました。 アダム・スミス(1723年〜1790年) 経済・社会の原則 唯一普遍的な価値尺度は「労働」 高賃金は人口・勤勉さを押し上げる 奴隷労働は非効率 発展する社会は農業→製造業→貿易の順に資本が振り向けられる 偏見や敵対心に基づく輸入規制は不合理 「自由な競争」は社会全体の利益で独占は有害 穀物取引の自由は飢饉を防ぐ唯一の方法 教育は読み書き計算を基本とし幾何と力学で完成する 規律ある常備軍は民兵より優れる 近代戦では豊かな文明国が有利 ビジネスの原則 利益は資本の規模に比例する 価格には「賃金・利益・地代」が含まれる 資本は倹約で増え浪費で減る 耐久財への支出は富の蓄積 品質を高める要因は顧客 高付加価値・軽小型の製品は交易の効率を押し上げる 事業の成長に必要な要素 収入と資本の増加 分業による生産性(技術力・発明力・効率化)の向上 頻繁で規則正しい銀行取引 国防・司法・公共投資・公正な課税が確立した社会 自由・平等・正義に基づき統治された社会 経営者に必要な信用力 事業の拡大は「資本+信用」に比例する 人格資本は「資産・誠実さ・賢明さ」 経営者の信用は「勤勉・倹約・注意深さ」 現代のビジネスへの示唆 生産性は「作業・時間・道具」で高める 価格は「人件費・固定費・利益」で決める 取引先は「資産・誠実・賢明さ」で選ぶ 資本効率は「距離・速度・生産性」で高める 高賃金は「勤勉な人」に支払う 規律ある経営は「定期検証」で実現する 余剰資本は「生産的資本化」で収益化する 各人が自己利益を追求することが社会全体の利益を効率的に高めるという「見えざる手」に委ねる自由主義の考え方は、現代では多くの経済的格差を生み出したと言われています。 20世紀の欧米や日本の市場経済は完全な自由主義ではなく、最低限の規制に限り政府が介入する新自由主義と呼ばれるスタンスを取ってきました。しかし、この新自由主義により新たな社会課題も生まれてきました。その一つが、フランスの経済学者トマ・ピケティ(1971年〜)が著書「21世紀の資本」で提唱した不等式「r > g」で示される概念です。「r」は資本収益率(Return)を、「g」は経済成長率(Growth)を表し、資本家が富裕になる速度の方が労働による経済成長より速いことを意味します。つまり、資本家と労働者の経済格差が開くことを意味します。 経済的格差の拡大に繋がる新自由主義からの転換を求める動きが、現代の米国の自国回帰など国際社会の変化の本質であると理解すれば、この先の様々な環境の変化に対応することができるかもしれません。「国富論」において分業の最高段階は国際分業と国際貿易であるとして、各国は同一産業の異なる工程に特化するという概念も見られます。しかし、近年の自国主義の台頭による分断に向かうような国際社会においては国際分業を実現することは不可能です。「分断より分業」を是とするには、国際社会の協調と安定が欠かせません。政治の経済への介入が強まる現代社会においても、極論に走らずに経済成長の原則を取り入れながら、国際社会との協調を保ち社会全体を発展させていくというスタンスを忘れてはなりません。 その基本に立ち返れば、信用と倹約を基に、各人が一斉に間断なく努力するときにこそ社会と個人の繁栄が生まれるという、基本的な経済の摂理を全ての人が認識する必要があるのではないでしょうか。 本書は特に、事業の生産性を高めたい、経営者、管理職などビジネスパーソンの皆様には是非お読みいただきたいおすすめの一冊です。市場経済やビジネスの本質の理解に役立つ「国富論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。(当サイトはAmazonアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。下記のリンクからお買い物をしていただけると嬉しいです。) (当記事執筆者:辻中 玲) 「国富論(上)」アダム・スミス 著、山岡洋一 訳・日本経済新聞出版 刊 「国富論(下)」アダム・スミス 著、山岡洋一 訳・日本経済新聞出版 刊 「資本論」に学ぶビジネスの付加価値を高める方法 ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ルソー「社会契約論」に学ぶ企業統治と社会契約

ジャン=ジャック・ルソー(1712年〜1778年)は、ジュネーヴ共和国で誕生しフランスで活躍した哲学者、政治哲学者、作曲家です。著書の「社会契約論」は自然状態から社会の成立原理を明らかにし、民主主義理論に基づく社会契約説を説く内容であったことから、絶対王政期のフランス王国において弾圧を受けながらも、フランス革命に大きな影響を与えました。 ここでは「社会契約論」を題材に、統治の基礎となる社会契約の本質を理解するための要点を解説していきます。「社会契約論」では自然状態からの社会契約の発生プロセスと、立法、政府、国家の役割を明らかにします。社会の統治のプロセスを理解することは企業統治の強化に役立ちます。 ルソーの思想によれば、社会においては責任を持って自由に活躍する人が多いほどよりよい社会となります。政府は人々の自由を尊重し、立法と執行で国家を統治することが役割となります。社会を会社に置き換えても同様のことが言えます。ここでは社会契約論の要点を企業統治に適用するためのポイントを紹介します。 ジャン=ジャック・ルソー(1712年〜1778年) 社会契約論の要点 人類の発展のためには自由が不可欠 自由のため全ての人が自らを共同体に委ねるのが社会契約 一般意志を法律として成立させるのが立法 立法権と執行権は分離される 広大な領土より健全で強い体制が重要 独裁は非常時の手段として限定的に許される 秘密投票は腐敗したときに必要 原則として法の可決は全員一致、執行は単純多数 沈黙は暗黙の承認(明確な反対ではない) 社会契約論の要点を企業統治に適用する “一般意志”の設計=共通目的の可視化目的(一般意志)とKPIを誰でも読める言葉で明文化する。企業版の一般意志=会社の存在目的(Purpose)×全社KPI。制定プロセスは私意の排除と公衆の啓蒙(ステークホルダーへの説明)を重視。 立法者≠権力者制度設計者(原則提示)と運用者(権限)を分離する。制度設計者(アーキテクト)は思想を提示するが、承認・運用権限は分離。プロダクト原則策定と日々の運用を分権する。 小さく強い単位規程は一般抽象に限定し、個別は別審級で扱う。「小国が強い」に倣い、小さな自律型チームで集中と連動を両立。 法は一般抽象、個別案件は別の場社内規程は一般原則に徹し、個別案件は別の審級(例:倫理審査・例外承認)で扱う。 非常時の“独裁”は期限付き非常時権限は範囲×期限×復帰条件を明記する。クリティカル・インシデント対応に期限と範囲を明示。期間満了と同時に通常プロセスへ復帰。 参加原則:可視投票と秘密投票の使い分け公開投票/秘密投票の基準を事前に決める。日常は記名・議事録公開、利害が濁りやすいテーマは秘密投票で腐敗回避。「沈黙は承認」を避けるため、賛否・保留を明示する運用にする。 ルソーが示すのは、「力ではなく約束が正当性を生む」という視点と、一般意志=公共善の意思をどう立ち上げ、運用するかという設計図です。組織に落とすなら、(1)目的の明文化、(2)制度設計と権限の分離、(3)小さく強い単位と非常時の限定独裁。これらが自由を“制度として”守るための三点セットになります。 本書は特に企業統治(コーポレートガバナンス)を強化されたい、経営者、管理職の皆様には是非お読みいただきたいおすすめの一冊です。統治の本質の理解に役立つ「社会契約論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。(当サイトはAmazonアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。下記のリンクからご購入いただけると嬉しいです。) (当記事執筆者:辻中 玲) 「社会契約論」J.J.ルソー 著桑原武夫、前川貞次郎 訳・岩波書店 刊 ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則

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ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則

ジョン・ロックの「統治二論」を題材に、企業統治(コーポレートガバナンス)の原則について考察していきます。ジョン・ロック(1632年〜1704年)はイギリスの哲学者で、ロックの政治哲学はアメリカ独立宣言やフランス人権宣言のきっかけとなりました。 「統治は、理性を行使しつつ人々が社会へ結合する創意と同意の産物」であるとしたロックは、正当な権力の起源と統治の目的を「自然法・プロパティ・分立・革命権」等の言葉を用いて明晰に描き出しました。 本書に登場する政治哲学の原則は、ビジネスの意思決定や組織運営に通じる示唆に富んでいます。本書の要点を簡潔に整理し、現代の企業統治(コーポレートガバナンス)に役立つ要素を下記に抽出しました。 ジョン・ロック(1632年〜1704年) 本書は二部構成となっており、第一論では神授王権・家父長制への批判が、第二論では統治についての詳細を示す内容になっています。 統治二論の要点 アダム由来の王権や父権=政治的権力という見方は成り立たない 自然状態は元来「自由・平等」 政治的統治は自然状態の不都合さに対する適切な救済法 人は自己保存と他者保存の義務を負う(違反者は処罰の対象) 統治の機能は「立法・執行・防衛」 統治の目的は「保有権(生命・自由・財産)」の保全 法の目的は自由の保全「法なき所に自由なし」 所有権の発生は労働に基づく 課税や権力行使には当事者の同意が不可欠 立法と執行の権力は分立させ、立法は移譲不可 連合権力(外交)や大権(非常権限)は補助的権力 権威なき実力行使は侵略であり戦争状態 征服は資産までもは奪えない 統治の解体時は人民は革命により権利を回復可能 人民の安寧(安全・福祉・健全さ・富)は最高の法 倫理の中核は正義と慈愛 コーポレートガバナンスの要諦 正統性は同意から経営判断・制度変更・価格改定・組織再編は、当事者の同意(納得)を得て初めて持続可能な正統性を持つ。社内なら説明責任/関与機会/多数決ルール、社外なら顧客・地域の「公共善」に資する設計を。 プロパティの拡張概念=「生命・自由・資産」ロックのプロパティには生命・自由・身体の健康が含まれる。現代企業では心理的安全性・労働の尊厳・データの自己決定権を侵害しないルールづくりが、長期的な信頼を生む。 法の目的は自由の保全規程やワークフローは自由を増やすための道具。「禁止の山」を築くのではなく、逸脱を抑えつつ自律を最大化する設計へ。 価値は労働から生まれる所有の起点は労働。評価制度は努力→価値→正当な報酬の連鎖を可視化し、勤勉を保護・奨励。成果の帰属が曖昧だと組織は分極化しやすい。 課税=値付けは同意が条件ロックの「課税は同意なくして不可」は、価格やフィーの透明性・事前合意の重要性を示す。SaaSの追加課金や手数料改定は説明→合意のプロセスで摩擦を小さく。 権力分立=コーポレート・ガバナンス立法(ルール策定)と執行(運用)を分ける。取締役会/経営執行部/監査の役割明確化、非常時の大権(裁量)は公共善に限定。 不正な暴力=専制の兆候を見抜く権威なき実力行使は、ハラスメント・恣意的な人事・秘密裏の規程運用などに相当。ホイッスルブローイング(天に訴える)の経路と第三者審級を整える。 危機下の意思決定「戦時には統治者が複数いることは許されない」。平時は分権、危機は一時的集中と事後説明で正統性を担保。 征服は資産まで奪えないM&Aや事業譲渡でも、人の尊厳・既存合意(資産権)は尊重されるべきという示唆。 公共善=顧客・社会の安寧顧客安全・利便・健全さの最大化が、企業の「最高法」としての目的に響く。 ロックは敬虔なクリスチャンで、理性と同意によって人間が能動的に統治することを望むのは神であると解釈しました。統治の源泉は「正義と慈愛」であり、合意と信義でに基づく規律は、人の自由を守り、努力の実り(価値創造)を社会に循環させる最も確実な方法です。ロックの一句「人民の安寧は最高の法」は、企業統治の基礎となり得る概念です。 本書は特に企業統治(コーポレートガバナンス)を強化されたい、経営者、管理職の皆様には是非お読みいただきたいおすすめの一冊です。統治の本質の理解に役立つ「統治二論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。(当サイトはAmazonアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。下記のリンクからご購入いただけると嬉しいです。) (当記事執筆者:辻中 玲) 「統治二論」ジョン・ロック 著・岩波書店 刊 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則 ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスを強化する儒教の哲学「中庸」について

「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を題材に、ビジネスを強化する儒教の哲学「中庸」について解説していきます。文章中の一部の語句にwikipediaへのリンクを設置していますので、興味のある方は合わせてご覧ください。 儒教とは古代中国の教説で「己れ自身を修める」道徳説と「人を治める」民衆統治の政治説を兼ねた「修己治人」の哲学・思想から成り立っています。儒教の経典である「四書」を(1)大学(2)論語(3)孟子(4)中庸の順に学べば、人は誤りを犯すことがないとされています。今回は「四書」の中から「中庸」を題材に、ビジネスを強化・発展させるために経営者が持つべき価値観について解説していきます。 「中庸」の作者は古代中国の子思という哲学者で、孔子の孫にあたる人物です。子思が道徳を重んじる「道学」が絶えるのを恐れて作った「中庸」を、後に朱子(朱熹)が四書としてまとめたとされています。 この「中庸」には「極端に走らぬ中ほどをとる」という思想が根底にあります。自らが道徳心を備え心をその命令に従えることで「中ほどをとる」ことが実現できるとしています。「中庸」の実践の成果は、人間世界の秩序を正すことに留まらず、天地自然の造化育成の働きを助けるという宇宙万物の生成活動にも影響すると説いています。 「中庸」では大切にすべき人間関係として「五達道」(孟子の五倫)を、人が備えるべき普遍的な性質として「三達徳」を、さらに人に対する基本的な振る舞い方として「九経」を示しました。これらは時代を超えた普遍的な概念であるため、これらを理解することはビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方が成果を上げるために即効性があり非常に有効な手段となることに違いありません。順に紹介していきます。 五達道(大切にすべき人間関係) 君臣(社会組織) 父子(親子) 夫婦 昆弟(兄弟) 盟友(同志) 三達徳(人が備えるべき普遍的な性質) 智(道理に適った正しい知恵) 仁(人を思いやる心) 勇(挑戦する勇気と自らに勝つ意志) 九経(人に対する基本的な振る舞い方) 君主(統治者)がその身を修めること 賢人を賢人として尊重すること 親しい肉親を親愛すること 大臣(国政を司る重要官職)を尊敬すること 群臣(多くの臣下)をその身になって思いやること 庶民(一般の人々)を慈しむこと もろもろの工人(職人・労働者)をねぎらうこと 遠い異国の人々をやわらげること 諸侯(地域の支配者)たちをなつけること さて「中庸」にはその特徴として積極的に環境に影響を与えていく能動性を見ることができます。後述しますが、これは儒教が為政者のための宗教であることに理由があります。そして為政者がどのような論理に基づいて社会を統治していくのかというと、それは「自然界の秩序」に他なりません。為政者は自然の一部として、天から与えられた役割を、天(自然)の摂理に適った形で果たすことを求められたことの表れと言えるかもしれません。 自然界の秩序と政治の関係 天が万物を生育するそのしかたは、必ず物の素質に随ってそれを発展させていく。天(自然)はしっかり根づいているものはさらに養って生育を助けるが、しおれて傾いているものは引き抜いてしまう 微妙なことほど明らかになり、誠があれば必ず隠れてはいない(明らかにならないことはない) 人の行うべきことは善い政治につとめることで、それは大地の営みが草木の生育につとめるのと同じ 政治とは他人の子をわが子として育てるようなもの 聖人君子(人格者)とは 誠(誠実さ)を備え天命に従って行動し、他人や物の本性を働かせる 物事に個別的に対応し、周囲に誠実さが備わるようにつとめ、物事に変化を及ぼす 道(自然界の秩序)を規準として行動し「中庸(偏り・過不足のない状態)」に沿う 高い位についてもおごり高ぶらず、低い地位にいても上に背くことがない 物事の推移を前もって予知できる 外を飾るよりも内心を修め、威厳につとめることはしない 自分と外的な環境を一つに合わせるからいつもうまくいく 徳(卓越性)と位(地位)と時(時機)を備えている 平時には立派に発言ができて高い地位につき、乱世には深い沈黙ができて禍を免れる 行動を起こすまでもなく人から尊敬され、ことばを出すまでもなく人から信用される 偉大な徳をそなえふさわしい地位、俸禄、名声、長寿を得る 身近なことから取り組むことで遠くへ行ける(小事から始め大事を成す) 善行に徹する(悪を隠して善を揚げ、その両端を執って、その中を民に用いる) すべきことを事前にする 人に求めることを自分に求める 何事でもひろく学んで知識をひろめ、詳しく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする 勤勉で惑わず、努力家で憂えず、勇敢で怖れない 「中庸」を摂り、どんな境遇になろうとも、それにふさわしい形で自分の道を守りつづけていくから、むりのない安らかな境地にいて運命のなりゆきを待つことができる 先祖の事業を立派に引き継ぎ今は亡き死者に仕える 心霊の意向をたずね疑問がないことを実行する(目に見えない本質に従って正しい行いをする) 百代ものちの聖人にはかって疑惑がないことを実行する(未来にあっても恥じないであろうことを行う) 政治については「政を為すは人に在り。人を取るには身を以てし、身を修めるには道を以てし、道を修めるには仁を以てす」という記述があります。徳の高い人はまずは自らを律することで人々を治めますが、人を思いやる心がなければ自らを修めることはできず政治は成立しないことを意味しています。 聖人君子はそうはいませんが「中庸」には、この思想について「生まれながらにしてこれを知り、或いは学んでこれを知り、或いは困(くる)しんでこれを知る。そのこれを知るに及んでは、一なり」という記述があります。つまり、この思想は聖人君子だけのものだけではなく、「中庸」に生きる道はすべての人に開かれているということです。 また、最高の徳には声もなければ匂いもなく毛のように軽いものでとしています。最高の徳は主張しないことを説いており、これは謙虚であることの重要性と解釈することができます。 余談ですが、古代中国では「中庸」の究明をした孟子が没すると異端の老荘の道家や仏教の徒が盛んになったようです。しかしながら、老荘流の虚無主義や仏教の寂滅主義では「天下国家を治めるのが難しい」という考え方も根強く、それが「中庸」の思想を支えてきたようです。538年に百済から日本に伝来したとされる仏教ですが、実は儒教は513年に同じく百済から仏教よりも早く伝来したとされています。仏教は人々の心の拠り所となり、儒教は武家の教育に用いられたことからも分かるように、仏教は広く人民のための、儒教は統治する側の宗教であると理解することができます。だからこそ儒教、とりわけその基礎となった「中庸」の思想は経営やマネジメントの手法そのものです。これを知ることは、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方にとって非常に重要です。 このような本質的で内容の濃い情報が詰まった本書「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を是非お手に取っていただくことをおすすめします。なお、本書には「中庸」だけでなく「大学」という経典も含まれています。「大学」については「ビジネスを強化する儒教の哲学『大学』について」で紹介しています。合わせてご覧ください。 書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「大学・中庸」朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊 ビジネスでの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスを強化する儒教の哲学「大学」について

「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を題材に、ビジネスを強化する儒教の哲学「大学」について解説していきます。文章中の一部の語句にwikipediaへのリンクを設置していますので、興味のある方は合わせてご覧ください。 儒教とは古代中国の教説で「己れ自身を修める」道徳説と「人を治める」民衆統治の政治説を兼ねた「修己治人」の哲学・思想から成り立っています。儒教の経典である「四書」を(1)大学(2)論語(3)孟子(4)中庸の順に学べば、人は誤りを犯すことがないとされています。今回は「四書」の中から「大学」を題材に、ビジネスを強化・発展させるために経営者が持つべき価値観について解説していきます。 「大学」は元々は古代中国の哲学者、曾子(そうし)が孔子の教えを基にして著したものを、後に朱子(朱熹)が四書としてまとめたとされる「理(自然界の秩序)を極め、心を正し、わが身を修め、人を治める」ための方法を説いた経典です。 その中で特に重要なキーワードとして「三綱領(さんこうりょう)」という言葉が登場します。そのポイントは3つあります。 三綱領 明明徳(天命を明らかにする) 親民(民を親しめる) 止至善(善に止まる) 人には必ず自然界の秩序の上で割り当てられた役割すなわち「天命」があり、まずは自らの天命を悟ることから善く生きることは始まるとしています。 また「大学」では、天下の本は国家にあり、国家の本は家庭にあり、家庭の本は自らにあると説いています。国家をよく治めるには、必ずまずその家庭を和合(円満に)する必要があり、そのためには自らを律することが重要だとしています。その価値観をまとめたものは「八条目」と呼ばれています。 八条目 格物(道理を極める) 致知(知を極める) 誠意(誠意に生きる) 正心(心を正す) 脩身(身を修める) 斉家(家を整える) 治国(国を治める) 平天下(天下を平らかにする) 天下を治める1〜8の順に物事を実行していくことが説かれています。「大学」の要諦でもあるこの「八条目」は、現代における経営やマネジメントに求められる価値観とも一致しており「八条目」を理解することは、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方にとって非常に重要です。 また「大学」にはビジネスにおける決断を支える重要な価値観が多く示されています。下記にいくつか紹介していきます。 「大学」に学ぶ経営力を強化する価値観 君子(上司)に求められるのは「仁(人を思いやること)」 臣下(部下)に求められるのは「敬(慎み欺かないこと)」 子供に求められるのは「孝(親を敬い仕えること)」 親に求められるのは「慈(子の幸福を願い与えること)」 人との交友で求められるのは「信(友情に厚く誠実なこと)」 道義を守ることこそ本当の利益 怒り、恐れ、好楽、憂患(心配事)があるときは正しい判断ができない 君主としてすぐれた人物を重用できないのは怠慢 君主として善くない人物との関係を絶ちきることができないのは過失 民を治めるには赤子を慈しみ育てるようにする 好きな相手でも同時にその欠点をわきまえ、嫌いな相手でも同時にその長所をわきまえる 「徳」から「人(人間)」「土(土地・国土)」「財(財産・経済)」「用(活用・目的)」の順に発展する(誠実でなければ社会は発展しない) 「徳」は本なり、「財」は末なり(誠実でなければ財産は集まらない) 財産が集まるときは民が散じ、財産を散じるときは民が集まる(財物を民間に流すことで民心が得られる) 物を作ることが能率的で消費するほうが緩慢であれば国の財物はいつも豊か 国を豊かにする方法は「本(根本)」を務めて「用(働き)」を節することにある(倫理観を備え倹約すれば豊かになる) 厳しく重税をとりたてる家臣を置いてはならない 理を窮め、心を正し、わが身を修め、人を治めるための方法を教える「大学」に対して、小学校では基本となる六芸(掃除・人とのうけこたえ・立ち居ふるまい・礼儀作法と音楽・弓射や馬車の扱い・読み書きと算数)を教えた このように、儒教においては「徳」を非常に重視しますが「徳」とは「誠実」であることを意味します。「徳」を備えた経営者はその人望から経営に貢献する人々が周りに集まり、物事がうまく運ぶ(運が良い)ため事業を成長させることができます。経営者が手本としたい「徳」を備えた人格者を儒教では「聖人君子」と呼びます。次に聖人君子とはどのような人を意味するのかを示していきます。 聖人君子とは 「三綱領」「八条目」(前述)を体現している 身近な一定の規準から広い世界を推し測る「絜矩(けっく)の道」を知る 聡明と叡智を備えて十分に本性を発揮する 民の父母として人を思いやる広い心がありそれが外見に現れる 先聖を祭る(先の聖人、先祖に恥ずべきことがない) さて、ここまで見てきたように「大学」は、「徳」を重んじることで人間社会に太平をもたらすことを説いた思想であると言えます。 それではこのような思想は何を根拠にして成り立ったのでしょうか。これを知るためには自然界を支配する法則(摂理)にヒントがあります。最後にこれを示してまとめとしたいと思います。 自然の法則(摂理) 自然のめぐりは循環して、極点まで至ったものは必ずもとに復る 性は善なり(善を好んで悪を憎むのが人の本性) 人間は生まれながらに四徳(仁・義・礼・智)を与えられている 万物は理と気によって成りたっている(理は最高善だが気に蔽われ情欲があらわれて善悪がまじりあうことになる) 悪事を好むのであれば必ず災難が身にやって来る 物に本末あり、事に終始あり(物事の根本と末端、始まりと終わりには因果関係がある) 「徳」の重要性を認識していても聖人君子のような生き方ができる人は少ないと思いますが、歴史上には聖人君子と呼ばれるような偉大な政治家や経営者が実在してきたことも事実です。「大学」の価値観は、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方が新たな事業に挑戦する際や難しい問題にぶつかった際に、目的地までの道案内をしてくれるのではないでしょうか。 このような本質的で内容の濃い情報が詰まった本書「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を是非お手に取っていただくことをおすすめします。なお、本書には「大学」だけでなく「中庸」という経典も含まれています。「中庸」については「ビジネスを強化する儒教の哲学『中庸』について」で紹介していきます。 書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「大学・中庸」朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊 ビジネスでの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスでの価値創造を支える「美学」という哲学について

「美学」とは美の本質・原理などを研究する学問で、18世紀に成立したとされる哲学の一分野です。「美学」の創始者であるドイツの哲学者アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン(1714〜1762)の代表的著書「美学(AESTHETICA)」を題材に「美」を生み出すための原則について解説していきます。「美学」は何が「美しく」何が「醜い」のかを明らかにし、どのような方法を取れば「美しい」ものを生み出すことができるのか、また「醜い」ものを生み出さないようにするには、どのような点に注意を払えば良いのかを哲学的に明らかにしています。「美学」への理解を深めることが価値創造に従事するビジネスパーソンの皆様の活動の支えとなることは間違いありません。 「美学」では「美」と「醜」を以下のように定義しています。 「美」は豊かで正確、明瞭で穏和、謙虚(感性的認識における完全性) 「醜」は粗野で無知、低俗で怠惰、偽り(感性的認識における不完全性) 「美」には下記のような原則があります。 美の本質は感性的明証性(感性に明瞭に働きかけるもの) 美の目的は美的説得性(真の明証と偽への指摘) 美の役割は神託の模倣(自然的諸規則の追求) 美が示すことができるのは「真実らしさ(偽が見られない状態)」 美は効用から切り離せない(有用でなければならない) 美は適切な題材選択を要する(自らが卓越する分野を知る) 美の源泉は美しい教養と経験 「美学」には多くの神話や古典が題材として引用されています。古代ローマ時代の南イタリアの詩人ホラーティウス、共和政ローマ末期の政治家・哲学者であるキケロー、ラテン語詩人のウェルギリウスの作品などが多く引用されており、その中には、神と人間との関係における記述も多く見られます。 良き祈願と言葉が吉兆を決める 幸運は勇気ある者を助ける 人間的なものは神的なものの下に置かなければならない(自然の摂理に従順でなければならない) 険しい状況にあっては平静な心を保ち、順境にあっては過度の喜びを自制した心を保つ(上記の項目は、ホラーティウス「カルミナ」より) 論理的思考と美的思考に共通するのは「徳(物を求めることの限度と節度を知ること)」である(キケロー「義務について」より) マルクス・トゥッリウス・キケロ胸像 1560年発刊の『義務について』キケロ Opera omnia(『マルクス・トゥッリウス・キケロの現存する全作品』)1566年 クィントゥス・ホラティウス・フラックス クィントゥス・ホラティウス・フラックス「風刺詩・書簡詩」1577年 ウェルギリウスの「アエネーイス」の主人公アエネーアースの「敬虔さ(ピエタース)」を表現する西暦紀元1世紀のテラコッタ。アエネーアースは老父を担ぎ、幼い息子の手を引いている。 バウムガルテンは作品の質は美的質をどのくらい持つかで判定されるとしています。最後に、美的な量を図るための基準をいくつか紹介します。以下のポイントを押さえながら制作することは活動する上でのガイドラインとして有効かと思われます。 バウムガルテンの美的質の基準:(認識の)豊かさ、大きさ、真理、明らかさ、確かさ、生命 ロジェ・ド・ピール(フランスの画家)の採点表:構図、デッサン、色彩、表現 サルバドール・ダリ(スペインの画家)採点表:技術、霊感、色彩、主題、天才、構成、独創性、神秘性、真実性 さてバウムガルテンは、知性的なものは「論理学」の、感性的なものは「美学」の対象であり、論理学は美学の姉であると位置付けています。これは言い換えると表面上の表現以前に論理的な裏打ちがなければ優れたデザインは成立しないことを意味しています。知性と感性に働きかけることができてはじめて作品が説得力を持つため、美学への理解は制作者にとって作品の質を上げる有力な手段になります。また「美」の原点は自然の摂理にあることから感性を磨くためには日頃から自然の恵みを感じる(例えば観光や旬を感じる食などに触れる)ことが重要と言えそうです。 様々な立場で価値創造活動に従事するビジネスパーソンの皆様も「美」の基準を明確に知ることができる「美学」を手に取ってみてはいかがでしょうか。より詳しく知りたい方には「美学」について詳細に解説した「美学」(アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン 著・講談社学術文庫 刊)という書籍をおすすめします。書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「美学」アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン 著・講談社学術文庫 刊 ビジネスの意思決定を支えるアリストテレスの哲学「ニコマコス倫理学」の要約 ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスの目的と人の心理構造を理解するフロイト「精神分析入門」

精神分析学の創始者として知られる、オーストリアの精神科医・心理学者のジークムント・フロイト(1856年〜1939年)の著書「精神分析入門」から人の心理構造について解説します。ビジネスは人の心理を相手にしており、決断をする機会の多いビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方は、顧客心理の理解なくして適切な意思決定を行うことはできません。また、ビジネスの目的を理解するためには、まずは労働の本質を知る必要があり、そこには人の深層心理が深く関係しています。本記事では、ビジネスを成功に導くために理解しておきたい人の心理構造の要諦を解説します。まず、精神分析学における心理構造を理解するための原則を下記に紹介します。 人間の生命の原動力は「性欲動のエネルギー(リビドー)」である 本能的に男性は母親に、女性は父親に愛着・執着を持つ 男性的な欲動は能動的、女性的な欲動は受動的である 睡眠時に見る「夢」の目的は願望充足である ジークムント・フロイト(1856年〜1939年) また人の心理構造は下記のような原則で構成されています。 意識領域には、自ら認識可能な「意識」、努力すれば意識化できる「前意識」、自ら認識できない「無意識」がある 心理領域には、自らの意識で制御できる「自我」、道徳を司どる「超自我」、無制限の情欲である「エス(イド)」がある 「エス(イド)」は無制限な情欲を司どり快感原則を厳守する 「超自我」は道徳の権化で、種族および民族の伝統(自らのルーツ)を引き継いでおり、両親の超自我を模範とする 「自我」は「超自我」と「エス(イド)」を統制し自らを外界に最適化させる フロイトは人は「エス(イド)」の欲動の満足を盲目的に追求するなら破滅を免れないとする一方で、「自我」が「超自我」や「エス(イド)」の重圧に耐えられなくなると精神の不調をきたすとしてます。つまり、性欲動の制御が精神の安定には不可欠ということになります。しかし性欲動のエネルギー(リビドー)は強力なため、抑制することは容易ではありません。このテーマに対してフロイトは「性欲動のエネルギー(リビドー)」は労働に転換することができるという解決策を提示しています。 性欲動はその目標を(労働に)変更する能力がある 人間社会を動かす動機は究極的には経済的なものである 社会は性欲動のエネルギーを、性的目標から社会的目標(労働)へと振り換えなければならない フロイトが提唱した心理構造 当時、フロイトの提唱はセンセーショナルで多くの反発があったようです。その理由としてフロイトの活躍した1800年代後半〜1900年代前半は科学が現代ほど発達していないという時代背景がありました。しかしフロイトは、自らの研究プロセスにおいては対象を探究し確認するというスタンスを貫いており、その成果が科学的であることを主張し続けました。フロイトによる科学や哲学、芸術についての言及を下記に紹介します。 科学も哲学も宗教も真理を目指すもの 科学には心理学と自然学しか存在しない 科学は現実的外界を強調し錯覚を拒否する 科学の手強い敵は宗教である 宗教は知識欲を満たすが掟を掲げ禁止と制限を申し渡す 哲学は知識階級の上層の少人数の関心を惹くだけである 芸術は幻想で無害有益である 芸術家は白日夢に手を加えて、他人の反感を買うような個人的なものをなくして、これを他人と一緒に楽しめるようにする術を心得ている 芸術家は他の人間が無意識という近づきがたくなっている快感の泉から、ふたたびなごやかさと慰めとを汲むことができるようにする 最後になりましたが、生涯をかけて精神疾患のある患者に向き合い続けたフロイトは「心理的な変化は徐々にしか起こらない」として根気強い治療の重要性を説いています。また、人間の共同生活を困難にするのは攻撃欲動であるとしています。それが男性的な能動性であるとすれば、戦争が起こり続けるこの世界は、相対的に男性が社会的な行動を起こす機会が多いからなのかもしれません。社会的・文化的に作り出された性差によって生まれる不平等や格差が世界の不調和を生み出しているとすれば、昨今のジェンダー平等への取り組みにも深い理由があるようにも思えます。 フロイトは人間の至上の幸福はただ自分になりきることであり、選択の余地があるものならば運命を相手に正々堂々と戦って滅んで行くほうを選ぶべきだと述べています。 ビジネスを成功に導くためにビジネスパーソンは、あらゆる行動について人の「意識」だけでなく「無意識」にも働きかけていることを忘れてはなりません。これは同時に表面的で浅はかな思慮では人の心は動かせないことを意味しているのではないでしょうか。創造的な活動に従事する全ての人に是非「精神分析入門」を手に取ってみていただければと思います。下記のリンクから詳細をご確認ください。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「精神分析入門(上)」フロイト著・新潮文庫刊 「精神分析入門(下)」フロイト著・新潮文庫刊 ビジネスの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスでの決断を支えるダンテ「神曲」における善悪の判断基準

西洋美術史で画家・彫刻家の第一の発想源は『聖書』、第二はイタリアの詩人ダンテ・アリギエーリの代表作『神曲』であるとされています。『神曲』は「地獄編」「煉獄編」「天国編」で構成されており、ダンテ自身が地獄、煉獄、天国を巡る旅をする物語です。 人間は死後、生前の行いに応じて「地獄」「煉獄」「天国」に行くことになっており、特に煉獄は天国行きに及ばなかった人が、天国へ行く前に生前生きたのと同じ期間修行する場所とされています。 この作品でダンテは地獄では悪魔を、天国では神の恩恵のもとに聖母マリアを見ることになります。全編を通して次々と登場するギリシア神話やローマ神話、聖書の登場人物、また当時のイタリアの政治家や著名人との対話によって、それぞれの場所の情景が臨場感をもって描かれています。 普遍的な内容と幻想的な世界観による叙事詩として世界文学史上で最大の古典の一つとされる『神曲』ですが、その概要はwikipediaの『神曲』にありますので、ここではこの作品が示す善悪に対する価値観を総括し、ビジネスパーソンの皆様が難しい決断をする際の支えとなる善悪の判断基準の要諦を説明していきます。 『神曲』では自由意志のもとにこの世でどう身を処してきたかの全責任は当人が負うとしています。天国か煉獄かそれとも地獄に行くかはその人の決断次第というわけですが、できることなら自ら地獄行きを選択して痛い目には遭いたくないものです。 決断する機会の多いビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方には『神曲』が示唆する善悪の判断基準を、日常的な決断時の指針にするのも良いのではないでしょうか。 ダンテ・アリギエーリ(1265〜1321年) まずは『神曲』にあるギュスターヴ・ドレによる挿絵と一緒に地獄、煉獄、天国に登場するシーンの一部を見てみましょう。それぞれの場所がどのような場所なのか臨場感をもって表現されています。 悪魔大王が突っ立って、六枚の翼で風をまき起こしている。(『神曲 地獄編』第三十四歌より) 百合の花を冠にかざした二十四名の長老が…進んで来た。(『神曲 煉獄編』第二十九歌より) 祝福された人々が、真白の薔薇の形に並んで現れる。(『神曲 天国編』第三十一歌より) 次に『神曲』が示唆する善悪の価値基準を挙げていきます。 聖書における3つの徳は「信仰、希望、愛」である。天国にあっては信じる到達点を実際に見るため「信仰」は存在せず、望んだ至福を実際に持つため「希望」も存在しない。しかし「愛」だけは永遠に続く。天国に行くには3つの徳と次の4つの基本道徳は必須である。 4つの基本道徳は「正義(善行に励み徳を積むこと)、力(能力を得るべく鍛錬すること)、思慮(知識に拠り考えること)、節制(忍耐すること)」である。 7つの大罪は「傲慢(自らを偉大だと思うこと)、貪欲(欲深いこと)、邪淫(快楽を求めること)、嫉妬(他人の物を欲すること)、貪食(大食い)、憤怒(激しい怒りの感情)、怠惰(努力を怠ること)」である。7つの大罪を甚だしく犯した者は永遠に続く地獄に行くこととなり救いの希望はまったくない。また、その度合いによっては煉獄で懺悔の機会が与えられる場合もある。 また『神曲』は下記のような価値観も示しています。 小は大に及ばない 略すべきものは略さねばならない(簡潔は善) 全体を見ず一箇所だけを見てはならない 時を惜しむ者は幸い 懺悔する者は幸い 「裏切り」は最も罪が重い 不正に富を得てはならない 甘い話に乗ってはならない 簡単に約束をしてはならない 人の争いに耳を貸してはならない 穂が実らないうちから穂の数を勘定してはならない 隠せることは何もない 英雄はみな努力し、探し求め、屈服しない意志において強固 太陽や諸々の星を動かすのは神の愛である さらに本書の中に登場する言葉の中にいくつかの人生の教訓となりうるモットーがありますので、ここに3つ紹介します。 「その先へ進め」PLUS ULTRAスペインの国章にあるヘラクレスの柱と共に刻まれたスペインのモットー:さらにその先があることを意味している。 「正義を愛せよ」DILIGITE IUSTITIAM旧約聖書続編「知恵の書」の冒頭にある言葉:この地を治めるものは正義を貫かなければならない。 「幸あれマリア 恵まれた方」AVE MARIA GRATIA PLENA新約聖書「ルカによる福音書」にある天使からマリアへの受胎告知の言葉:奇跡は神への従順さによって起こることを示唆している。 スペインの国旗 スペインの国章 余談ですが、ギリシア神話では、メドゥーサ退治に向かった英雄ペルセウスやトロイア戦争でトロイアの木馬の策を考案した英雄オデュッセウスに女神アテナが後ろ盾となったように、難しいことに挑戦しようとする者に守護神が現れるシーンが度々見られます。自ら運を引き寄せるためには果敢に挑戦しなければならない、挑戦する者には運が味方をするというメッセージが込められているように思えます。神という絶対的な存在に価値基準を置くことが、今でも続く西洋文化のルーツであり強さであることは間違いありません。 さて『神曲』では、生きるものは自然と技法の手段で生計を立て子孫を繁栄させなければならないとされています。詩人ダンテは神から啓示を受けた時に筆を取るという一文があり、作品は不自然な方法で作るべきではないというダンテの創造へのポリシーが垣間見えるようです。 ちなみにフランスの彫刻家 オーギュスト・ロダン(1840〜1917年)の代表作「地獄の門」は「神曲」に着想を得て制作された彫刻です。また「地獄の門」の上に座る人を抜き出した「考える人」は、地獄の門の上から地獄に堕ちた人々を見つめ考え込むダンテを表したものであると言われています。東京の上野公園内にある国立西洋美術館では「地獄の門」や「考える人」を見ることができます。「神曲」を読んでからこれらの彫刻を見るとより「神曲」の世界観を楽しむことができます。 西洋文化のルーツを理解するうえで最も重要な書籍である「神曲」を手に取ってみてはいかがでしょうか。口語訳で理解しやすく要約や訳注も置かれた「神曲」(ダンテ著・河出文庫 刊)をおすすめします。書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) ロダン「地獄の門」 ロダン「考える人」 「神曲 地獄篇」ダンテ著・河出文庫刊 「神曲 煉獄篇」ダンテ著・河出文庫刊 「神曲 天国篇」ダンテ著・河出文庫刊 ビジネスの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスの意思決定を支えるアリストテレスの哲学「ニコマコス倫理学」の要約

地域の活性化や雇用、地球環境の保護などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動は「エシカル(Ethical)消費」と呼ばれます。近年「倫理(Ethic)」や「道徳」にかなった消費行動であるこの「エシカル消費」が持続可能(サステナブル)な社会の実現に重要であるとして、SDGsの広がりの影響もあり世界規模で定着してきました。 このような中ではビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方は、組織経営にあたって「エシカル消費」の基本となる「倫理」への理解を深める必要があります。 「倫理」とは物事の善悪の判断基準のことで「倫理」を追求する学問を「倫理学(Ethics)」といいます。エシカル消費の「人・社会・地域・環境に配慮する」という考え方は、倫理学において「愛(フィリア)」と呼ばれる概念に近く、卓越した人物であるためにはその実践が欠かせないとされています。 今回は古代ギリシアの哲学者 アリストテレスの古典「ニコマコス倫理学」を要約し、ビジネス・経営に必要な「倫理」の本質を解説していきます。 まず「倫理」には下記のような概念があります。 徳:選択の基礎をなす魂の状態で、あらゆるものを包括する一つの尺度 善:善いこと、正しいこと 愛:善い人同士が「人となり(人柄)」に基づき互いに想い合うこと 幸福:善く生きている状態 アリストテレス(BC 384年〜322年) 「倫理」には以下のような特徴があります。 「善人(徳を備える人)」の特徴 中庸(極端から遠ざかり「正」「均等」を保持する状態)である 真を観取する(何が良くて何が悪いかを知る) 自らすべてを悟る 善い言葉に従う 矜持(誇り、自尊心、プライド)がある 寛厚、穏和である(懐が深い、度量が広い) 抑制的で我慢強い 知慮がある 智慧を備えている 過少をとるたちである 勇敢である 機知的である(ウィットに富んでいる) 健やかである 善人を友に持つ 他者にも自分にも親愛的である 後悔しないですむ行動をとる 善を施す(然るべき人々に与える) みずからの愛するものを首尾よく獲得する(無駄がない) 倫理的性状を実践する(上記を実行する) 「愛」の特徴 卓越した愛は「親愛」「友愛」である 善き人の相愛は互いの幸福をはかることに熱心である 善き人の相愛は両者の「中」に赴く 相愛は彼らが善き人である限り永続する 卓越した愛は「人となり(人柄)」に基づく(実利、快楽に基づかない) 親にとって子は第二の自己であるように、善き人にとって友は第二の自己である 「幸福」の特徴 善く生きている、善くやっている状態である 麗しいもの・神的なものについて想念を持つ 観照する(本質や美を直感的に理解する) 大がかりなものを必要としない (幸福は)智者に宿り卓越しており連続的である 最高善の状態を習慣として生涯において活動する 支配、指導する位置にある 中央に描かれる2人はプラトン(左)とアリストテレス(右)である 題名:『アテナイの学堂』 作者:ラファエロ・サンティ 所蔵:バチカン宮殿、バチカン市国 倫理学では人は原則として幸福を求めるもので、不幸になりたいと望む人はいないという前提があります。その点で「善く生きている、善くやっている状態」が人として最も幸福なことだとしています。さらに本書を掘り下げていくと、組織経営のためのヒントを多く見つけることができます。「倫理」に基づいた組織経営の原則を以下に紹介します。 善い組織経営のための「倫理」の原則 技術を磨くことは重要 最初に輪郭を造り後に細部を描く 万事を同一の人に配すべきでない 共に過ごす(会同が不足していない)ことは重要 遊びは活動のための休息である 施しのための財貨を必要とする 財貨を所有すべく心遣いしない人が財貨を所有することはできない 生きて「行為する」「制作する」ことは重要 不正行為の源泉は無識、憤激、欲情である 充分心して非徳を避けなければならない 「欲情」ではなく「選択」によって行動する 「学」は人に教えることができる 快楽と苦痛とにかかわる善悪を嚮導する(先に立って案内する)ことが真の教育である 成果の卓越は規模の壮大さに存している 豪華な人は公共的な永続性を有するものに関して費やす 人間は生を他と共にする 共同体にとっての幸福またはその諸条件を創出し守護する(共通の功益を求める) 政治の究極目的は最高善でなくてはならない 家(家政)は国(国政)に先だつ 政治とは市民たちを善き人間、うるわしきを行うべき人間につくることに最大の心遣いをなす 政治はすぐれた法律を通じて行われるもので、法律は知性に発する言葉であるとともに、強制的な力を有している 法律は不正義な人々のいる社会において存在する 立法者的な素養を積む努力をすることが重要 本質にあっては神や知性が、質にあってはもろもろの卓越性(徳)が、量にあっては適度が、関係にあっては有用が、時間にあっては好機が、場所にあっては適住地が善である 上記を総括すると、卓越した人は以下のような人であることがわかります。 善くやっている、善く生きているという状態にある 中庸であり習慣的、永続的である 善い人同士が「人となり(人柄)」に基づき互いに想い合っている関係である 物事の本質や美、麗しいものや神的なものを直感的に理解する卓越した知慮を備えている 立法者的な素養を積み他者を感化している 卓越した人にとっては自らが善く生きているだけでなく、その価値観を他者にも伝播していくことが重要であるとしています。アリストテレスの代表的な著作に「政治学」がありますが「政治学」は「倫理学」の延長にあり政治には倫理が求められることを意味します。優れた倫理観を養うことは、政治や経済、ひいては多様な他者との関係の中で生きる全ての人類にとって処世術となり得るのではないでしょうか。 さて、本書の哲学を形成したアリストテレスは紀元前384年から322年に活動しました。アリストテレスは哲学者プラトンの弟子であり、プラトンは西洋哲学の基礎を築いた哲学者ソクラテスの弟子です。ソクラテスは、釈迦、キリスト、孔子と並んで四聖人と言われています。 アリストテレスの生きた時代は「枢軸時代(紀元前800〜200年)」と呼ばれ、この時代には人類史において世界で同時多発的に「知の大爆発」が起こったとされています。枢軸時代には、ソクラテス、プラトン、釈迦、孔子、ゾロアスター、ユダヤ教の預言者であるエリアやイザヤ、エレミヤなどによって、多くの哲学、宗教の原型となる概念が形成されました。「知の大爆発」が起こった要因として、この頃は温暖化と鉄器(農具)の普及により農業が発展したことから生活が豊かになり学問が発展したためとされています。 それから2000年以上が経ち、AIが進化する現代においては枢軸の時代と同じような「知の大爆発」が起こるかもしれません。このような時代に、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方にとっては、確固たる判断の基準となり得る「倫理」への理解が強力な武器になることは間違いありません。 「倫理学」の古典である本書を手に取って、組織経営に取り組まれてはいかがでしょうか。書籍の詳細は下記のリンクからご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) アリストテレス ニコマコス倫理学(上)岩波書店刊 アリストテレス ニコマコス倫理学(下)岩波書店刊 ビジネスの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

「聖書」は世界一発行されている書物ともされており、神と人間との関わり合いの歴史について描く文書で、ユダヤ教とキリスト教の正典「旧約聖書」、正教会やカトリック教会の正典「旧約聖書続編」、キリスト教の正典「新約聖書」が含まれています。 ちなみに「マネジメント」の著者であるピーター・F・ドラッカーの数々の著書や、「ビジョナリー・カンパニー」シリーズの著者であるジム・コリンズの著書にも聖書に基づいた記述が数多く登場します。聖書の価値観が世界的なビジネスシンカーの思考のバックボーンとなっていることから、聖書が現代のビジネスを考える際に最も重要な価値観の一面を示しているといえるのではないでしょうか。 また、聖書の世界はシェイクスピアやダヴィンチをはじめ多くの文学や芸術のモチーフとなっています。特にクリエイティブワークを業とする方にとっては、歴史的な作品の背景となっている価値観に触れることは非常に重要です。また、聖書を自己啓発に活用することで、長い歴史に裏付けられた知恵と教訓が、ビジネスにおける重要な意思決定をする際の支えとなってくれるかもしれません。 しかし、壮大な内容で構成される聖書は、その文章量も一般的な日本語版でも約2,500ページと多く、読了することに読書スピードの速い人でも1年以上かかるといわれています。誰もがすぐに聖書の価値観の恩恵に預かれるわけではなさそうですが、今回は聖書の内容をざっと要約して紹介しますので、興味を持った物語を調べるなどしてビジネスのヒントを探してみてはいかがでしょうか。 ここでは「聖書」の全体像と価値観に触れていただくために、それぞれの内容を要約、関連する画像、引用(「聖書 旧約聖書続編つき 新共同訳」日本聖書協会 刊)によって紹介します。文章中にWikipediaへのリンクを貼ってありますので合わせてご参照ください。 旧約聖書 「旧約聖書」は下記で構成されています。 創世記:神の天地創造、アダムとイブ、ノアの方舟などの記述を含む。アブラハム(信仰の父と呼ばれる。イシュマエルとイサクという息子がおり、イサクを神に捧げようとしたその決意が神に信仰を示した)、イサク(エサウとヤコブという双子の息子がおり、ヤコブは兄エサウを出し抜いて長子の祝福を得、ユダヤ人の祖として後に国名ともなる「イスラエル」の名を得た)などが登場する。出エジプト記:モーセの十戒を含む。モーセが、虐げられていたユダヤ人を率いてエジプトから脱出する物語。レビ記:内容は律法の種々の細則が大部分を占めている。民数記:イスラエルの民の人口調査に関する内容。申命記:説話。死を前にしたモーセがモアブの荒れ野で民に対して行った3つの説話をまとめた内容。ここまでがモーセ五書と呼ばれる。ヨシュア記:モーセの後継者、ヨシュアの指導の下、イスラエル人がカナンに住む諸民族を武力で制圧し、約束の地を征服していく歴史記述。士師記:ヨシュアの死後、サムエルの登場に至るまでのイスラエル人の歴史記述。他民族の侵略を受けたイスラエル人を「士師」と呼ばれる歴代の英雄達が救済する内容。ルツ記:寡婦となった後も義母の側にいることを望んだモアブ人女性ルツの物語。ルツはその誠実さの結果ダビデの祖先に名を連ねることになった。ミレーの絵画「落穂拾い」のモチーフである。サムエル記上,下:中央集権国家形成の歴史。ダビデとゴリアテ、サウルとダビデ、ダビデとバト・シェバ(ウリヤの妻、ソロモンの母) 他が登場するイスラエル史。列王記上,下:ソロモンへの王位継承、エルサレム神殿と宮殿の建築、エルサレム没落までの記述。歴代誌上,下:「サムエル記」「列王記」をもとにしてイスラエルの歴史を再構成した内容。神殿についての記述や職制の人名リストが多い。エズラ記:バビロン捕囚となった民の解放後の歴史記述。エルサレムに派遣された律法の書記官で、律法によってユダヤ民族をまとめなおそうとした人物エズラに由来。ネヘミヤ記:ユダヤ人共同体の再建のための「ネヘミヤの事跡」「律法の公布」等。ネヘミヤは厳しく様々な問題に取り組み、宗教上の改革や社会の改革を行ったとされる。エステル記:ペルシャの王クセルクセスの后となったモルデカイの養女でユダヤ人女性エステルの知恵と活躍を描く。エステルの勇気ある行動により、ユダヤ人を皆殺しにすべく陰謀をめぐらせていた権力者ハマンが処刑された。これをきっかけにユダヤ人の解放を祝うユダヤ教の祭りプーリームが成立した。ヨブ記:正しい人に悪い事が起きる「義人の苦難」を扱う書。サタンに無償の信仰及び無償の愛を否定され、苦難に襲われたヨブは「わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」(ヨブ 2:10)と語った。詩編:150篇の神(ヤハウェ)への賛美の詩。その多くがダビデの作であるとされている。箴言:内容は教訓の集合で、様々な徳や不徳とその結果、日常における知恵や忠告等。その多くはソロモン王の作とされる。コヘレトの言葉:普遍的な疑問への哲学的考察がなされた思想書で著者はソロモン王とされる。「神を畏れ、その戒めを守れ。」(コヘ 12:13 )と説く。雅歌:男女の恋の歌であり、恋愛と男女の賛美を歌い上げる詩。ソロモン王の作とされる。イザヤ書:イザヤによる預言書。ユダ国民が偶像礼拝からバビロン捕囚となると予言。「希望と救いと慰め」の預言を含んだ内容。エレミヤ書:エレミヤによる予言書。神に従わないイスラエル人がバビロンによって滅ぼされる事を預言する内容。哀歌:紀元前586年におきたエルサレムの陥落とエルサレム神殿の破壊を嘆くエレミヤによる5つの哀歌。バビロン捕囚の時代に作られたものとされる。エゼキエル書:預言者エゼキエルの著。神の怒りにより陥落したエルサレム、バビロンに捕囚されたイスラエル人に関する記述。悔い改めの希望も書かれている。ダニエル書:ネブカドネツァル2世に重用された賢者ダニエルの身に起こったことや幻視で構成される。ホセア書:偶像崇拝をしたイスラエルに対する裁きとして、神がイスラエルを見放す事にされたという内容。ヨエル書:ヨエルの著とされる。ユダの地を襲った大災害に神の裁きの予兆をみ、悔い改めを勧める内容。アモス書:アモスの著とされるイスラエル王国に対する神の裁きの宣告とイスラエルの支配者たちへの悔い改めの要求。裁きについての5つの幻(イナゴ、燃える火、重り縄、夏の果物、祭壇の傍らの主)、結びにダビデの系統を引くイスラエル人の回復が語られる。オバデヤ書:オバデヤの著とされる。「エドムの傲慢と滅亡」と「イスラエルの回復」の予言書。ヨナ書:滅ぼされると予言されたアッシリアの首都ニネヴェの人々の悔い改めと断食により、神がニネヴェの破壊を中止したとする内容。嵐に遭遇した預言者ヨナが大きな魚に飲まれる話が含まれる。ミカ書:預言者ミカの著とされる。支配階級に抑圧されている人たちの苦しみに共感し、不正を行う者に神の裁きと滅びが近づいていることを語る。ナホム書:預言者ナホムの著とされる。内容はニネベの陥落とアッシリアへの裁き。ハバクク書:預言者ハバククの著とされる。バビロンの脅威が残酷な描写をもって描かれている。内容は「民の悪行に対する神の怒り」「異民族による怒りの執行」「怒りのうちにも憐れみを忘れぬ神」。ゼファニヤ書:預言者ゼファニアの著とされる。諸国とユダに対する神の裁き、その後の救いの喜びについて語られる。ハガイ書:エルサレム神殿の再建に関する預言者ハガイによる予言書。ゼカリヤ書:エルサレム神殿の再建に関する予言書。悔い改めを促す呼びかけ。マラキ書:預言の主題は宗教儀式の厳守、及び雑婚の禁止。祭司の堕落、軽薄な雑婚・離婚、捧げ物の不履行などに対する言及。 「太陽、月、植物の創造」ミケランジェロ・ブオナローティ画(システィーナ礼拝堂天井画) 「洪水」ミケランジェロ・ブオナローティ画(システィーナ礼拝堂蔵) 「イサクを捧げるアブラハム」ロラン・ド・ラ・イール(オルレアン美術館) 「モーセ」ミケランジェロ(サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会) 破壊されるソドムとゴモラから脱出するロト妻子。掟を破り後ろを振り向いたロトの妻が塩の柱になり始めている。(ニュルンベルク年代記) 「ソドムとゴモラの破壊」ジョン・マーティン 「落穂拾い」ジャン=フランソワ・ミレー(オルセー美術館) 「ダビデの弾く竪琴に聞き入るサウル」レンブラント・ファン・レイン 「ダビデ像」ミケランジェロ(アカデミア美術館) 「幼きサムエル」ジョシュア・レイノルズ(ファーブル美術館) 「知者ソロモンの裁き」 ギュスターヴ・ドレ 「王の前で気絶するエステル」アルテミジア・ジェンティレスキ 「エルサレム滅亡を嘆く預言者エレミヤ」レンブラント(アムステルダム国立美術館蔵) 「エゼキエルの幻視」ラファエロ・サンティ(ピッティ宮殿) 「ライオンの穴の中のダニエル」ルーベンス バビロンの滅亡を描いた木版画(ニュルンベルク年代記) バアル像(ルーヴル美術館) 「エルサレム神殿」エゼキエルの予言にある再建案を元に19世紀に図案化された 「旧約聖書」から(引用) 「自分の力と手の働きで、この富を築いた」などと考えてはならない。(申 8:17) 主の御声に聞き従わないがゆえに、滅び去る。(申 8:19) 裁きを曲げず、偏り見ず、賄賂を受け取ってはならない。賄賂は賢い者の目をくらませ、正しい者の言い分をゆがめるからである。(申 16:19) 主を畏れ敬うこと、それが知恵 悪を遠ざけること、それが分別。(ヨブ 28:28) 雄々しくあれ。心を強くせよ。主を待ち望め。(詩 27:14) 悪を避け、善を行い 平和を尋ね求め、追い求めよ。(詩 34 5:15) 戒めは灯、教えは光。懲らしめや諭しは命の道。(箴 6:23) 不遜な者を叱るな、彼はあなたを憎むであろう。知恵ある人を叱れ、彼はあなたを愛するであろう。(箴 9:8) 人間を豊かにするのは主の祝福である。人間が苦労しても何も加えることはできない。(箴 10:23) 英知ある人は沈黙を守る。誠実な人は事を秘めておく。(箴 11:11-13) 破滅に先立つのは心の驕り。名誉に先立つのは謙遜。(箴 17:12) 愚か者を雇い、通りすがりの人を雇うのは 射手が何でもかまわず射抜くようなものだ。(箴 26:10) 怠け者は自分を賢者だと思い込む(箴 26:16) 通行人が自分に関係のない争いに興奮するのは犬の耳をつかむようなものだ。(箴 26:17) 罪を隠しているものは栄えない。(箴 28:13) 人は、裸で母の胎を出たように、裸で帰る。〜 神に与えられた短い人生の日々に、飲み食いし、太陽の下で労苦した結果のすべてに満足することこそ、幸福で良いことだ。(コヘ 5:14-17) 気短に怒るな。怒りは愚者の胸に宿るもの。(コヘ 7:9) 何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。いつかは行かなければならないあの陰府には 仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。(コヘ 9:10) 一度の過ちは多くの善をそこなう。僅かな愚行は知恵や名誉より高くつく。(コヘ 9:18-10:1) 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。(コヘ 12:1) 悔い改めるものは恵みの御業によって贖われる。(イザ 1:27) どのような仕事もしてはならない。安息日を聖別しなさい。(エレ 17:22) 正義と恵みの業を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救え。(エレ 22:3) 主の救いを黙して待てば、幸いを得る。若い時に軛を負った人は、幸いを得る。(哀 3:27) 正しい人の正しさはその人だけのものであり、悪人の悪もその人だけのものである。(エゼ 18:20) 悪人が自分の行った悪から離れて正義と恵みの業を行うなら、彼は自分の命を救うことができる。(エゼ 18:27-28) 善を求めよ、悪を求めるな お前たちが生きることができるために。(アモ 5:14) お前がしたように、お前にもされる。お前の業は、お前の頭上に返る。(オバ 15) 主の道は永遠に変わらない。(ハバ 3-6) 高慢な者、悪を行うものは すべてわらのようになる。〜 しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。(マラ 3:19-20) 旧約聖書続編 「旧約聖書続編」は下記で構成されています。 トビト記:失明したトビトとその息子トビアを天使ラファエルが助ける物語。トビアはサラについていた悪魔(アスモデウス)を追い出してサラと結婚し、トビトの目も癒された。ユディト記:アッシリア王ネブカドネツァルがホロフェルネスを派遣してユダヤを責める。美しい寡婦ユディトがホロフェルネスを誘惑した上で首をはね持ち帰った。これによりアッシリアの軍勢は敗走した。エステル記(ギリシャ語):ペルシャの王クセルクセスの后となったモルデカイの養女でユダヤ人女性エステルの知恵と活躍を描く。エステルの勇気ある行動により、ユダヤ人を皆殺しにすべく陰謀をめぐらせていた権力者ハマンが処刑された。ユダヤ人の解放を祝うユダヤ教の祭りプーリームが成立した。(ヘブライ語のエステル記に追加した内容)マカバイ記1:マカバイ戦争など、ヘレニズム時代のユダヤの歴史を描く。マカバイ記2:エジプトのユダヤに対する迫害とそれに対抗する宗教的情熱、ユダ・マカバイの活躍が描かれている。登場人物はヨナタン、シモン 他。ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルが作曲した「ユダス・マカベウス」の「見よ勇者は帰る」のモチーフである。知恵の書:「ソロモンの知恵」とも呼ばれ、知恵の重要性、信仰が最上の知恵であることを説く。シラ書(集会の書):著者の名から「ベン・シラの知恵」とも言われる、信仰に基づいた処世術、教訓、格言の集成。主を畏れることこそ最高の知恵であるとする内容。バルク書:バルクの著とされる。知恵の賛美が見られ、知恵=律法と説く。エレミヤの手紙: 偶像礼拝の愚かさ、無力さを一貫して指摘した、バビロンへ拉致されることになった民への手紙。ダニエル書補遺: 賢者ダニエルにまつわる3種の教訓的短編。燃え盛る炉に投げ込まれた3人がアザルヤの祈りよって天使に守られ、神を賛美する内容「アザルヤの祈りと三人の若者の賛歌」。ダニエルが、無実の罪に問われた女性スザンナの潔白を証明する「スザンナ」。ダニエルが、王がベルという偶像に捧げる大量の食料を消費しているのは実は祭司らであることを突き止める「ベルと竜」。エズラ記(ギリシャ語): ユダ王国の王ヨシヤの過越からエズラの活動に至るまでの歴史。エズラ記(ラテン語): 「苦しみを味わい、しかもこの苦しみが何なのかわからずにいるよりは、むしろ生まれなかった方がよかったのです。」(エズ・ラ 4:12)などの根源的な問いに対して天使や神が答え、七つの幻をエズラに見せるというのが主な内容。天使は「被造物は創造主の先回りをすることはできない。」(エズ・ラ 5:44)と答える。マナセの祈り:バアル崇拝、アシタロテ崇拝を再興したユダの第14代の王マナセが、バビロンに連行されたがへりくだって神に祈り、帰国を許された。 「大天使ラファエルとトビアス」ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(アカデミア美術館 ヴェネツィア)

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