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ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」からビジネスの目的を考える

「サピエンス全史 – 文明の構造と人類の幸福」(ユヴァル・ノア・ハラリ 著)を題材に、人類史から社会の起源と未来を俯瞰し、市場や経済の本質について考察していきます。 著者のユヴァル・ノア・ハラリはイスラエルの歴史学者で、人類の歴史と未来を壮大なスケールで描いた本書「サピエンス全史」は、2011年にイスラエルで初版が出版、その後50か国以上で出版され世界的ベストセラーとなりました。同じく人類の未来について書かれた同氏の著書「ホモ・デウス – テクノロジーとサピエンスの未来」も世界的ベストセラーとなっています。 人類は認知革命・農業革命・科学革命を通して進化してきました。「サピエンス全史」では人類統一の三つの要素を「貨幣、帝国、宗教」であるとしています。それらは、人々が共通の物語や意味づけを信じることで成立する想像上の秩序、ハラリの言うところの「虚構(imagined order)」によって支えられています。ハラリは、人類が大規模な協力関係を築き発展を遂げた最大の要因の一つとして、この「虚構」を生み出し共有する能力を挙げています。 またハラリは、科学技術の発展によって、人類が生物学的な進化とは異なるかたちで、自らを変えていく段階に入りつつあると指摘しています。その延長線上には、人間の能力を大きく超える存在が生まれる可能性や、人間が「神のような力」を手に入れようとする価値観が現れていることにも触れています。 さらに、AIのような人類の創造物が判断や意思決定を担うようになれば、人間がこれまで担ってきた「意味を与える側」という立場が揺らぐ可能性があります。いわゆるシンギュラリティと呼ばれる状況においては、私たちが当たり前だと思ってきた価値観や社会の前提が、大きく問い直されることになるかもしれません。 本書の内容を下記に要約してまとめました。本書の内容から未来のビジネスを考え、持続的な成長を実現するためのヒントにしていただければと思います。 ユヴァル・ノア・ハラリ(1976年〜) 人類は、認知革命・農業革命・科学革命を通じて社会の仕組みと能力を拡張してきました。しかし、その進歩は常に繁栄と同時に新たな問いやリスクも生み出してきました。人類に起こった3つの革命から整理していきます。 認知革命(7万年前から3万年前) 人類は言語を発達させ、「物語」や「想像上の秩序」を共有できるようになった。 これにより、血縁を超えた大規模な協力や組織化が可能になった。 文字(書記体系)の発明によって、情報の蓄積と大規模な管理が可能になり、社会はさらに複雑化した。 農業革命(約1万年前) 農耕の開始によって食糧の余剰が生まれ、政治・戦争・芸術・哲学などの活動が発展した。 一方で、人類は生態系に大きな影響を与え、多くの大型動物を絶滅へ追い込んだ。 家畜化は人類の繁栄をもたらしたが、動物の幸福という観点では大きな犠牲も生んだ。 科学革命(近代以降) 近代科学は「自分たちはまだ多くを知らない」という無知の自覚から始まった。 科学研究と技術開発への投資によって、人類は急速に能力を拡張してきた。 その結果、エネルギー利用や生命操作など、自然の制約を超える力を手にしつつある。 生物工学・サイボーグ技術・AIといった技術の進展は、人類の能力を拡張するだけでなく、人類そのものの在り方を変えていく可能性を秘めており、その先には人間の能力を大きく超える存在が生まれる可能性も指摘されています。AIが判断や権限を担うようになれば、人間の役割や価値観そのものが問い直されることにもなります。 認知革命から始まった人類の目覚ましい発展は、技術や制度の進化だけでなく、人々が共通の物語や意味づけを信じる力によって支えられてきました。こうした「想像上の秩序(虚構)」は、抽象的な概念にとどまらず、宗教・貨幣・帝国といった具体的な仕組みとして社会の中に組み込まれ、長い時間をかけて人類の行動や価値観を形づくってきました。ここからは、これら三つの代表的な“虚構”が、どのように人類社会を動かしてきたのかを整理していきます。 宗教・神話(意味と秩序を与える虚構) 宗教は「世界はなぜこうなっているのか」「どう生きるべきか」といった問いに対し、包括的な物語を与えてきた。 一神教は「なぜ悪が存在するのか(悪の問題)」という問いに直面し、二元論的宗教は「秩序の起源」をめぐって葛藤してきた。 仏教は、苦しみの原因を「渇愛(欲望・執着)」に求め、それを手放すことで解放に至るという独自の世界観を提示している。 いずれの宗教も、人々の行動や社会秩序を支える“意味の枠組み”として機能してきた。 貨幣・経済(信頼を媒介する虚構) 現代の貨幣の大部分は、紙幣や硬貨ではなくデジタルデータとして存在している。 貨幣の本質は物質ではなく「それに価値があると信じる」という心理的・社会的な合意にある。 あらゆる貨幣の原材料は「信頼」であり、貨幣は最も普遍的で効率的な相互信頼の制度である。 資本主義経済は、「将来はより良くなる」という期待=信用の循環によって成り立ってきた。 しかし自由市場は自動的に公正さを保証するわけではなく、国家や制度による調整が不可欠である。 帝国(暴力と秩序を正当化する虚構) 歴史上の帝国は、戦争・奴隷化・迫害といった暴力を通じて形成・維持されてきた。 同時に帝国の支配層は、哲学・芸術・道義・慈善といった文化的活動にも資源を投じてきた。 多くの帝国は、自らの支配を「全人類のための普遍的秩序」として正当化してきた。 その結果、多民族・多文化が一つの秩序のもとに組み込まれるグローバルな社会構造が生まれた。 現代では核兵器の登場により、大国間戦争のコストが極端に高まり、「戦争より平和の方が得になる」構造が生まれている。 宗教・貨幣・帝国はいずれも、人々が共有する「虚構(想像上の秩序)」として機能し、人類社会の秩序や協力関係を形づくってきました。これらの仕組みは、人々に意味や信頼、正当性を与えることで、大規模な社会を成立させてきました。私たちが生きる現代社会は、こうした「虚構」の上に成り立っていることを忘れてはなりません。 幸福とは何か(ビジネスの目的との関係) では、こうした仕組みの中で生きる私たちにとって、人類にとっての最も重要なテーマである「幸福」とは何なのでしょうか。そして、事業やビジネスを行う目的において、この幸福の価値観をどのように位置づけるべきなのでしょうか。 ハラリは、幸福とは外的な豊かさではなく、私たちが主観的に感じる心の状態であるとしています。産業革命以降、社会は物質的に豊かになった一方で、家族や地域コミュニティといった人間関係は弱まり、幸福の感じ方との間にズレが生まれてきました。多くの研究が示すように、家族や身近な人とのつながりは、富や健康以上に幸福感に影響します。 また、「より多くを手に入れること」よりも「いま持っているものに満足できるかどうか」の方が幸福感には大きく影響します。ニューエイジのスローガン「幸せは身の内より発する」や、ニーチェの「生きる理由があるなら、どのような生き方にもたいてい耐えられる」という言葉は、幸福が外部条件だけで決まらないことを示唆しています。 物質的にはかつてないほど豊かな社会になった現代においても、自殺のような内面的な苦しみは依然として大きな問題であり、人類の進歩がそのまま幸福の増大につながるわけではないことが分かります。ルソーの「私が良いと感じるものは良い。私が良くないと感じるものは良くない」と言う言葉は、善悪や価値の判断は、最終的には個人の内面の評価に大きく依存することを意味しています。 「虚構」とビジネスの成長 本記事で見てきたように、人類の発展の源泉の一つが「虚構(想像上の秩序)」であるならば、ビジネスを成長させるためのパーパス、ビジョン、戦略、デザイン、マーケティングといった要素にも「虚構」は欠かせません。企業が掲げる理念や物語は、人々の行動を方向づけ、組織を動かす力になります。現代のビジネスパーソンには、単にモノやサービスを提供するだけでなく、人々が共感できる「物語(虚構)」を構想し、社会に提示する力が求められているともいえるでしょう。 ハラリの示唆と、ビジネスへの応用 ハラリは、私たち人類が自らの選択がもたらす結果の全体像を完全に見通すことはできないとしつつも、科学や技術が進もうとしている方向に影響を与える努力はできると述べています。そのために私たち一人ひとりが、「何になりたいのか」「何を望みたいのか」を問い続ける必要があるとしています。 この視点に立てば、企業の成長においても、事業を行う理由(パーパス)や目指す姿(ビジョン)、企業哲学や文化といった“虚構”を意識的に設計することが、ますます重要になっていくと理解できます。また、単に「人類の幸福」だけを目的とするのではなく、より高い次元の倫理観のもとで事業の方向性を考える必要性も浮かび上がってきます。 人類史を俯瞰することで、私たちが無意識のうちに依拠している価値観や「虚構」の存在に気づかされます。企業を成長させるための「物語」を構想するヒントが詰まった本書は、特に経営者やマネジメント層の方々にとって、多くの示唆を与えてくれる一冊です。 是非『サピエンス全史』を手に取り、人類史の視点から自社のパーパスやビジョンを見直すきっかけとして活用してみてください。『サピエンス全史』の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福」ユヴァル・ノア・ハラリ 著、柴田裕之 訳・河出書房新社 刊 「サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福」ユヴァル・ノア・ハラリ 著、柴田裕之 訳・河出書房新社 刊 「資本論」に学ぶビジネスの付加価値を高める方法 ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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朝倉慶「株はもう下がらない」から市場経済の潮流を俯瞰する

書籍「株はもう下がらない―誰も止められない世界的金融インフレの暴走」(朝倉慶 著、ビジネス社 刊)における、経済評論家の朝倉慶氏の市場動向の考察を題材に、今後起こりうるビジネス環境の変化を整理していきます。同氏が一貫して訴える大きなテーマが、世界的な金融インフレ時代の到来が不可避という点です。その点を実感される経営者やビジネスパーソンの方々も多いのではないでしょうか。 本書では、政治による経済への介入が限定的なこれまでの新自由主義が崩壊し、国家が市場に介入する大きな構造変化が起こっており、時代に取り残されないためにこの変化への適応が不可欠としています。この現状を詳細にトレースした本書は、ビジネスパーソン(特に経営者やマネジメント層)の皆様にとって示唆に富んだ内容となっています。是非本書のご一読をお薦めいたします。 本書が示唆する市場経済の潮流について、要点を下記に整理しました。 日本市場の現状と未来予測 (1)インフレ、株高 金融インフレ構造が定着化し、物価がさらに上昇していく 高圧経済で現金の価値が低下し、財政が拡大し続ける 中期的(1〜3年)には横浜やさいたま、長期的(3〜7年)には地方都市も含めて家賃インフレが定着する 賃金は上昇するが、物価の上昇が圧倒的に早い 資産を持つ人と持たない人の格差が開く 米国市場のマネーが日本に流入している (2)円安 日本国家の信用が落ち円安が止まらない 政府の市場への影響が強まる(例:為替介入等で市場への関与が可能との日銀の認識も強い) (3)金利高 名目金利は上昇するが、実質金利はマイナス幅を拡大させる※実質金利:名目金利から物価上昇率(インフレ率)を引いた金利 世界市場の現状と未来予測 財政・通貨に対する懸念が強く資金がマネーから逃避している 金融資産は投資先に「安定・治安・技術・地政学的優位」を兼ねた国を探す(日本は投資先として優位) 2026年にはドイツ、インドに抜かれ日本のGDPは世界第5位まで落ちる 株式市場は経済の結果ではなく政策の主戦場に変質している AIも量子コンピューターも国策のため暴落は政府が許さない(広義に株式市場は暴落しない) 暴落ではなく、止められない市場の暴騰による破壊が起こる 日本人の生存戦略 現金を減らし、株、不動産、コモディティなどの資産に変える 日本国民は原油やガソリンなど資源を節約する必要がある エネルギーがない、少子化で労働力がない日本人は必死で働くしかない 経営者として理解しておくべきポイント 値上げが許容されやすくなり企業収益が伸びる = インフレ対応(価格転嫁)に乗り遅れると経営の致命傷となり得る 賃金が上昇し、一度上がり始めた賃金は下がらない(名目売上だけでなくコストも増加するため財務管理は重要) 供給力を強化し、危機感を持ちスピーディーに対応する 競争の中で責任を引き受け国家を支える側となる 朝倉慶氏は、低金利や補助金に依存する現在の日本は、社会主義的資本主義国家の状態にあると指摘しています。アダム・スミスの「国富論」やカール・マルクスの「資本論」においても示されているように、価値創造の源泉は勤労であるという事実は資本主義の大原則です。 朝倉慶氏は、現在の日本の状況においては大規模な所得減税を実施すべきとしています。労働による実質的な価値創出に連動した税制がなければ国家の成長はあり得ないことは、日本の将来を担うビジネスパーソン(特に経営者やマネジメント層)の皆様は既に認識されているのではないでしょうか。日本が低成長を脱し再び成長力を取り戻すためには、社会保障制度の充実に加え、努力や挑戦が正当に評価される社会であることが重要です。 新たな価値創出に取り組むビジネスパーソンの皆様には、現在そして将来の市場を俯瞰するための一助となる本書のご一読をお薦めいたします。 ※なお当記事は投資助言ではなく、書籍の内容を参考にした市場動向の考察として執筆しています。ご了承の上ご参照ください。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「株はもう下がらない」朝倉慶 著、ビジネス社 刊 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則 「資本論」に学ぶビジネスの付加価値を高める方法

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齋藤ジン「世界秩序が変わるとき」から次世代の企業戦略について考える

今回は「世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ」齋藤ジン 著・文藝春秋 刊を題材に、次世代の経営戦略について考えていきます。ポスト新自由主義の世界秩序の理解につながる要点と経営者やビジネスパーソンがすぐに仕事で実践できる取り組みについて整理しました。 まず、新自由主義と呼ばれるこれまでの社会は下記を前提として成り立ってきました。 政府介入は小さい方がよい 市場は最適化する 個人の自己責任 しかし、新自由主義により格差が広がり過ぎたため世界は次世代の社会あり方を模索しています。著者の齋藤ジン氏は、今後の米国は政府が介入し「広い庭に高い壁」の政策が取られ、その結果として次のような社会が到来すると見込んでいます。 米中対立が激化し冷戦となる(米国の中国への抑止力が強化される) サプライチェーンは非常時への備え重視の体制「ジャスト・イン・ケース(JIC)」へ 日本は自国回帰・政治主導の再設計で追い風となる 次のアジアの成長エンジンはインド そのような状況に合わせ、日本が国家として取り組まなければならないことは下記と指摘しています。 効率的な政治介入体制の構築 1,000兆円の家計の金融資産の運用体制の構築 政財官の連携強化 安全保障の強化 その上で日本の企業がしなければならないことを次のように指摘しています。 コア集中×IT化×ホワイト化で生産性向上(財務健全化・品質向上・長時間労働脱却・人材と価値観の多様化・価格転嫁・契約条件見直し等) ジャスト・イン・ケース(JIC)型サプライチェーンの再構築(代替調達先・在庫の最適化・国内回帰の採算モデル構築 等) 収益力を強化しゾンビ企業淘汰の時代に備える 資産運用と雇用流動化でインフレ時代に備える 希望(べき論)を排し現実のシナリオを実務に反映する 多様な意見を市場に取り込む 本書は、新自由主義の終わりを嘆く本ではありません。著者の視点は、日本はIT投資による業務自動化・データ連携・AI活用などにより、まだまだ伸び代があると指摘しています。2025年1月20日のドナルド・トランプ米国大統領の第2期就任に象徴されるように、世界のゲームのルールが変わったことを冷静に受け止め、その上ですべてのビジネスパーソンは「希望は戦略ではない」ことを理解し実務の再設計に取り組む必要があります。政治主導による国内資金の活用を武器に、企業はコア事業への集中、JIC供給網の構築、ホワイト化、IT化などにより、日本の「順風」を成果に変えていかなければなりません。 経営者やビジネスパーソンにとって世界情勢の大きな変化を理解することは重要です。本書は次世代の世界情勢を理解するための有益な示唆に溢れています。ぜひ本書をお読みになり、この変化を好機と捉えて成長を目指していただければと思います。本書の詳細は下記の表示画像リンクからご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ」齋藤ジン 著・文藝春秋 刊 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則 ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則

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カール・マルクス「資本論」に学ぶビジネスの付加価値を高める方法

カール・マルクス(1818〜1883年)は、ドイツ出身の哲学者・経済学者・思想家で、資本主義社会の構造と矛盾を批判的に分析した著書「資本論」で知られます。マルクスは労働が価値を生み、資本と労働の対立から歴史が発展すると説きました。社会主義思想の理論的基礎を築き、政治・経済・哲学に大きな影響を与えました。 ここでは「資本論」を題材に、ビジネスの源泉である「労働・資本・価値創造」の関係を理解するための要点を解説していきます。「資本論」では資本が労働の価値を増幅させ利潤を生み出すプロセスを明らかにします。資本の働きを理解することは事業の付加価値を高めることに役立ちます。なお、当記事は資本の働きを理解することを目的としたもので、社会主義を肯定するものではありませんのでご留意ください。 カール・マルクス(1818年〜1883年) まず、資本の働きを知るためには、流通に2つの回路があることを理解する必要があります。 「商品→貨幣→商品」(W–G–W)※ W = Ware(商品)、G = Geld(貨幣)卵を100円で売って貨幣に換え、その貨幣で100円の小麦を買う生活目的の交換。卵と小麦の価値は同じである。 「貨幣→商品→貨幣’」(G–W–G’)200円の原料(それぞれ100円の卵と小麦)を買い、菓子職人に200円の報酬を支払い、菓子を作り500円で売る(500円を回収する)貨幣を増やす目的の交換。交換後に貨幣が100円増加することになる。G–W–G’の最初のGは「前貸G = 原料200+賃金200 = 400」を、最後のGは「回収G’ = 500(ΔG = 100 ※剰余価値)」を意味し、前貸Gは「c+v」で、回収G’は「c+v+s」で示すことができる。c(不変資本)→ 原価(材料費・減価償却等)v(可変資本)→ 製造部門の人件費s(剰余価値)→ 剰余価値この概念により、価値創造のプロセスを下記の数式で示すことができる。価値の構成:W = c+v+s剰余価値率:s/v利潤率:s/(c+v) マルクスは、資本により労働力が生活目的の交換価値を超えて余剰を生み出すことを示しました。その剰余価値が資本家の利潤になる働きを「労働力の搾取」として問題視し、この思想が社会主義を形づくりました。下記に資本論が示した価値創造の原則を紹介します。 人間は道具を作る動物(設備は資本である) 使用対象でないものは無価値(使用されるものが価値) 価値の実体は労働(勤労には高い価値がある) 労働は新しい使用価値を作る(付加価値の源泉は勤労) 「すべての売りは買い」である(働くことと買うことは同義) 生産手段は価値移転のみ、流通は価値創造しない(勤労なくして付加価値なし) マルクスの示した資本の働きを最大限に活かし、企業を成長させ続けるために必要な要件を下記にまとめました。 成長する企業の3つの要件 勤労者を大切にする 社会の需要に応える 価値創造を最大化する さて「資本論」は資本とは価値が自らを増殖する運動であり、資本のために労働力という特別な商品が市場に登場するという価値創造のプロセスを明確にしたビジネスの示唆に富む内容です。どこで価値が創造され、どこで移転されるのかを知ることは、自社のビジネスを理解することに役立ちます。つまり「買うために売る」ことと「売るために買う」ことの違いを理解する視点の転換こそが価値創造を最大化する最短ルートと言えます。 またマルクスは本書において、ダンテの神曲から「汝の道をゆけ、そして人にはその言うにまかせよ」という言葉を引用しています。資本主義の搾取や矛盾を覆い隠す楽観主義へのアンチテーゼを唱え、科学的分析の必要性を強調したマルクスへの多くの批判に対して、自らの理論への自負を込めた引用であると考えられています。この引用はあらゆる人にとって心強い励ましの言葉となるのではないでしょうか。ぜひご自身の独自性を最大限に発揮してビジネスを成長させていただければと思います。 ビジネスの「労働・資本・価値創造」の本質が理解できる「資本論」をお読みになってはいかがでしょうか。「資本論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 資本論(1)カールマルクス 著、岡崎次郎 訳、大月書店 刊 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則 ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則

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アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則

アダム・スミスの「国富論」を題材に、事業の成長に必要な要因について考察していきます。アダム・スミス(1723〜1790年)は、イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者で「経済学の父」と呼ばれ、特に代表的著書の「国富論」は現代の経営にも活かせる示唆に富んでいます。 「国富論」には市場経済を理解する上で重要な「見えざる手」という概念が登場します。「見えざる手」とは、各人が自分に有利な資本の使い道を探れば社会に最も有利な使い道に近づくという考え方で、市場の自動調整機能を意味します。政府の介入なしに経済が発展する自由競争肯定の論拠となる概念です。 本書に登場する経済・社会、ビジネスの原則を簡潔に整理し、現代のビジネスの成長に役立つ要素を下記に抽出しました。 アダム・スミス(1723年〜1790年) 経済・社会の原則 唯一普遍的な価値尺度は「労働」 高賃金は人口・勤勉さを押し上げる 奴隷労働は非効率 発展する社会は農業→製造業→貿易の順に資本が振り向けられる 偏見や敵対心に基づく輸入規制は不合理 「自由な競争」は社会全体の利益で独占は有害 穀物取引の自由は飢饉を防ぐ唯一の方法 教育は読み書き計算を基本とし幾何と力学で完成する 規律ある常備軍は民兵より優れる 近代戦では豊かな文明国が有利 ビジネスの原則 利益は資本の規模に比例する 価格には「賃金・利益・地代」が含まれる 資本は倹約で増え浪費で減る 耐久財への支出は富の蓄積 品質を高める要因は顧客 高付加価値・軽小型の製品は交易の効率を押し上げる 事業の成長に必要な要素 収入と資本の増加 分業による生産性(技術力・発明力・効率化)の向上 頻繁で規則正しい銀行取引 国防・司法・公共投資・公正な課税が確立した社会 自由・平等・正義に基づき統治された社会 経営者に必要な信用力 事業の拡大は「資本+信用」に比例する 人格資本は「資産・誠実さ・賢明さ」 経営者の信用は「勤勉・倹約・注意深さ」 現代のビジネスへの示唆 生産性は「作業・時間・道具」で高める 価格は「人件費・固定費・利益」で決める 取引先は「資産・誠実・賢明さ」で選ぶ 資本効率は「距離・速度・生産性」で高める 高賃金は「勤勉な人」に支払う 規律ある経営は「定期検証」で実現する 余剰資本は「生産的資本化」で収益化する 各人が自己利益を追求することが社会全体の利益を効率的に高めるという「見えざる手」に委ねる自由主義の考え方は、現代では多くの経済的格差を生み出したと言われています。 20世紀の欧米や日本の市場経済は完全な自由主義ではなく、最低限の規制に限り政府が介入する新自由主義と呼ばれるスタンスを取ってきました。しかし、この新自由主義により新たな社会課題も生まれてきました。その一つが、フランスの経済学者トマ・ピケティ(1971年〜)が著書「21世紀の資本」で提唱した不等式「r > g」で示される概念です。「r」は資本収益率(Return)を、「g」は経済成長率(Growth)を表し、資本家が富裕になる速度の方が労働による経済成長より速いことを意味します。つまり、新自由主義においては資本家と労働者の経済格差が開き続けることを意味します。 経済的格差の拡大に繋がる新自由主義からの転換を求める動きが、現代の米国の自国回帰など国際社会の変化の本質であると理解すれば、この先の様々な環境の変化に対応することができるかもしれません。「国富論」において分業の最高段階は国際分業と国際貿易であるとして、各国は同一産業の異なる工程に特化するという概念も見られます。しかし、近年の自国主義の台頭による分断に向かうような国際社会においては国際分業を実現することは不可能です。「分断より分業」を是とするには、国際社会の協調と安定が欠かせません。政治の経済への介入が強まる現代社会においても、極論に走らずに経済成長の原則を取り入れながら、国際社会との協調を保ち社会全体を発展させていくというスタンスを忘れてはなりません。 その基本に立ち返れば、信用と倹約を基に、各人が一斉に間断なく努力するときにこそ社会と個人の繁栄が生まれるという、基本的な経済の摂理を全ての人が認識する必要があるのではないでしょうか。 本書は特に、事業の生産性を高めたい、経営者、管理職などビジネスパーソンの皆様には必読の書とも言える内容です。市場経済やビジネスの本質の理解に役立つ「国富論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「国富論(上)」アダム・スミス 著、山岡洋一 訳・日本経済新聞出版 刊 「国富論(下)」アダム・スミス 著、山岡洋一 訳・日本経済新聞出版 刊 「資本論」に学ぶビジネスの付加価値を高める方法 ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ルソー「社会契約論」に学ぶ企業統治と社会契約

ジャン=ジャック・ルソー(1712年〜1778年)は、ジュネーヴ共和国で誕生しフランスで活躍した哲学者、政治哲学者、作曲家です。著書の「社会契約論」は自然状態から社会の成立原理を明らかにし、民主主義理論に基づく社会契約説を説く内容であったことから、絶対王政期のフランス王国において弾圧を受けながらも、フランス革命に大きな影響を与えました。 ここでは「社会契約論」を題材に、統治の基礎となる社会契約の本質を理解するための要点を解説していきます。「社会契約論」では自然状態からの社会契約の発生プロセスと、立法、政府、国家の役割を明らかにします。社会の統治のプロセスを理解することは企業統治の強化に役立ちます。 ルソーの思想によれば、社会においては責任を持って自由に活躍する人が多いほどよりよい社会となります。政府は人々の自由を尊重し、立法と執行で国家を統治することが役割となります。社会を会社に置き換えても同様のことが言えます。ここでは社会契約論の要点を企業統治に適用するためのポイントを紹介します。 ジャン=ジャック・ルソー(1712年〜1778年) 社会契約論の要点 人類の発展のためには自由が不可欠 自由のため全ての人が自らを共同体に委ねるのが社会契約 一般意志を法律として成立させるのが立法 立法権と執行権は分離される 広大な領土より健全で強い体制が重要 独裁は非常時の手段として限定的に許される 秘密投票は腐敗したときに必要 原則として法の可決は全員一致、執行は単純多数 沈黙は暗黙の承認(明確な反対ではない) 社会契約論の要点を企業統治に適用する “一般意志”の設計=共通目的の可視化目的(一般意志)とKPIを誰でも読める言葉で明文化する。企業版の一般意志=会社の存在目的(Purpose)×全社KPI。制定プロセスは私意の排除と公衆の啓蒙(ステークホルダーへの説明)を重視。 立法者≠権力者制度設計者(原則提示)と運用者(権限)を分離する。制度設計者(アーキテクト)は思想を提示するが、承認・運用権限は分離。プロダクト原則策定と日々の運用を分権する。 小さく強い単位規程は一般抽象に限定し、個別は別審級で扱う。「小国が強い」に倣い、小さな自律型チームで集中と連動を両立。 法は一般抽象、個別案件は別の場社内規程は一般原則に徹し、個別案件は別の審級(例:倫理審査・例外承認)で扱う。 非常時の“独裁”は期限付き非常時権限は範囲×期限×復帰条件を明記する。クリティカル・インシデント対応に期限と範囲を明示。期間満了と同時に通常プロセスへ復帰。 参加原則:可視投票と秘密投票の使い分け公開投票/秘密投票の基準を事前に決める。日常は記名・議事録公開、利害が濁りやすいテーマは秘密投票で腐敗回避。「沈黙は承認」を避けるため、賛否・保留を明示する運用にする。 ルソーが示すのは、「力ではなく約束が正当性を生む」という視点と、一般意志=公共善の意思をどう立ち上げ、運用するかという設計図です。組織に落とすなら、(1)目的の明文化、(2)制度設計と権限の分離、(3)小さく強い単位と非常時の限定独裁。これらが自由を“制度として”守るための三点セットになります。 本書は特に企業統治(コーポレートガバナンス)を強化されたい、経営者、管理職の皆様には是非お読みいただきたいおすすめの一冊です。統治の本質の理解に役立つ「社会契約論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「社会契約論」J.J.ルソー 著桑原武夫、前川貞次郎 訳・岩波書店 刊 ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則

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ジョン・ロック「統治二論」に学ぶ企業統治の原則

ジョン・ロックの「統治二論」を題材に、企業統治(コーポレートガバナンス)の原則について考察していきます。ジョン・ロック(1632年〜1704年)はイギリスの哲学者で、ロックの政治哲学はアメリカ独立宣言やフランス人権宣言のきっかけとなりました。 「統治は、理性を行使しつつ人々が社会へ結合する創意と同意の産物」であるとしたロックは、正当な権力の起源と統治の目的を「自然法・プロパティ・分立・革命権」等の言葉を用いて明晰に描き出しました。 本書に登場する政治哲学の原則は、ビジネスの意思決定や組織運営に通じる示唆に富んでいます。本書の要点を簡潔に整理し、現代の企業統治(コーポレートガバナンス)に役立つ要素を下記に抽出しました。 ジョン・ロック(1632年〜1704年) 本書は二部構成となっており、第一論では神授王権・家父長制への批判が、第二論では統治についての詳細を示す内容になっています。 統治二論の要点 アダム由来の王権や父権=政治的権力という見方は成り立たない 自然状態は元来「自由・平等」 政治的統治は自然状態の不都合さに対する適切な救済法 人は自己保存と他者保存の義務を負う(違反者は処罰の対象) 統治の機能は「立法・執行・防衛」 統治の目的は「保有権(生命・自由・財産)」の保全 法の目的は自由の保全「法なき所に自由なし」 所有権の発生は労働に基づく 課税や権力行使には当事者の同意が不可欠 立法と執行の権力は分立させ、立法は移譲不可 連合権力(外交)や大権(非常権限)は補助的権力 権威なき実力行使は侵略であり戦争状態 征服は資産までもは奪えない 統治の解体時は人民は革命により権利を回復可能 人民の安寧(安全・福祉・健全さ・富)は最高の法 倫理の中核は正義と慈愛 コーポレートガバナンスの要諦 正統性は同意から経営判断・制度変更・価格改定・組織再編は、当事者の同意(納得)を得て初めて持続可能な正統性を持つ。社内なら説明責任/関与機会/多数決ルール、社外なら顧客・地域の「公共善」に資する設計を。 プロパティの拡張概念=「生命・自由・資産」ロックのプロパティには生命・自由・身体の健康が含まれる。現代企業では心理的安全性・労働の尊厳・データの自己決定権を侵害しないルールづくりが、長期的な信頼を生む。 法の目的は自由の保全規程やワークフローは自由を増やすための道具。「禁止の山」を築くのではなく、逸脱を抑えつつ自律を最大化する設計へ。 価値は労働から生まれる所有の起点は労働。評価制度は努力→価値→正当な報酬の連鎖を可視化し、勤勉を保護・奨励。成果の帰属が曖昧だと組織は分極化しやすい。 課税=値付けは同意が条件ロックの「課税は同意なくして不可」は、価格やフィーの透明性・事前合意の重要性を示す。SaaSの追加課金や手数料改定は説明→合意のプロセスで摩擦を小さく。 権力分立=コーポレート・ガバナンス立法(ルール策定)と執行(運用)を分ける。取締役会/経営執行部/監査の役割明確化、非常時の大権(裁量)は公共善に限定。 不正な暴力=専制の兆候を見抜く権威なき実力行使は、ハラスメント・恣意的な人事・秘密裏の規程運用などに相当。ホイッスルブローイング(天に訴える)の経路と第三者審級を整える。 危機下の意思決定「戦時には統治者が複数いることは許されない」。平時は分権、危機は一時的集中と事後説明で正統性を担保。 征服は資産まで奪えないM&Aや事業譲渡でも、人の尊厳・既存合意(資産権)は尊重されるべきという示唆。 公共善=顧客・社会の安寧顧客安全・利便・健全さの最大化が、企業の「最高法」としての目的に響く。 ロックは敬虔なクリスチャンで、理性と同意によって人間が能動的に統治することを望むのは神であると解釈しました。統治の源泉は「正義と慈愛」であり、合意と信義でに基づく規律は、人の自由を守り、努力の実り(価値創造)を社会に循環させる最も確実な方法です。ロックの一句「人民の安寧は最高の法」は、企業統治の基礎となり得る概念です。 本書は特に企業統治(コーポレートガバナンス)を強化されたい、経営者、管理職の皆様には是非お読みいただきたいおすすめの一冊です。統治の本質の理解に役立つ「統治二論」の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「統治二論」ジョン・ロック 著・岩波書店 刊 アダム・スミス「国富論」に学ぶ事業成長の基本原則 ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスを強化する儒教の哲学「中庸」について

「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を題材に、ビジネスを強化する儒教の哲学「中庸」について解説していきます。文章中の一部の語句にwikipediaへのリンクを設置していますので、興味のある方は合わせてご覧ください。 儒教とは古代中国の教説で「己れ自身を修める」道徳説と「人を治める」民衆統治の政治説を兼ねた「修己治人」の哲学・思想から成り立っています。儒教の経典である「四書」を(1)大学(2)論語(3)孟子(4)中庸の順に学べば、人は誤りを犯すことがないとされています。今回は「四書」の中から「中庸」を題材に、ビジネスを強化・発展させるために経営者が持つべき価値観について解説していきます。 「中庸」の作者は古代中国の子思という哲学者で、孔子の孫にあたる人物です。子思が道徳を重んじる「道学」が絶えるのを恐れて作った「中庸」を、後に朱子(朱熹)が四書としてまとめたとされています。 この「中庸」には「極端に走らぬ中ほどをとる」という思想が根底にあります。自らが道徳心を備え心をその命令に従えることで「中ほどをとる」ことが実現できるとしています。「中庸」の実践の成果は、人間世界の秩序を正すことに留まらず、天地自然の造化育成の働きを助けるという宇宙万物の生成活動にも影響すると説いています。 「中庸」では大切にすべき人間関係として「五達道」(孟子の五倫)を、人が備えるべき普遍的な性質として「三達徳」を、さらに人に対する基本的な振る舞い方として「九経」を示しました。これらは時代を超えた普遍的な概念であるため、これらを理解することはビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方が成果を上げるために即効性があり非常に有効な手段となることに違いありません。順に紹介していきます。 五達道(大切にすべき人間関係) 君臣(社会組織) 父子(親子) 夫婦 昆弟(兄弟) 盟友(同志) 三達徳(人が備えるべき普遍的な性質) 智(道理に適った正しい知恵) 仁(人を思いやる心) 勇(挑戦する勇気と自らに勝つ意志) 九経(人に対する基本的な振る舞い方) 君主(統治者)がその身を修めること 賢人を賢人として尊重すること 親しい肉親を親愛すること 大臣(国政を司る重要官職)を尊敬すること 群臣(多くの臣下)をその身になって思いやること 庶民(一般の人々)を慈しむこと もろもろの工人(職人・労働者)をねぎらうこと 遠い異国の人々をやわらげること 諸侯(地域の支配者)たちをなつけること さて「中庸」にはその特徴として積極的に環境に影響を与えていく能動性を見ることができます。後述しますが、これは儒教が為政者のための宗教であることに理由があります。そして為政者がどのような論理に基づいて社会を統治していくのかというと、それは「自然界の秩序」に他なりません。為政者は自然の一部として、天から与えられた役割を、天(自然)の摂理に適った形で果たすことを求められたことの表れと言えるかもしれません。 自然界の秩序と政治の関係 天が万物を生育するそのしかたは、必ず物の素質に随ってそれを発展させていく。天(自然)はしっかり根づいているものはさらに養って生育を助けるが、しおれて傾いているものは引き抜いてしまう 微妙なことほど明らかになり、誠があれば必ず隠れてはいない(明らかにならないことはない) 人の行うべきことは善い政治につとめることで、それは大地の営みが草木の生育につとめるのと同じ 政治とは他人の子をわが子として育てるようなもの 聖人君子(人格者)とは 誠(誠実さ)を備え天命に従って行動し、他人や物の本性を働かせる 物事に個別的に対応し、周囲に誠実さが備わるようにつとめ、物事に変化を及ぼす 道(自然界の秩序)を規準として行動し「中庸(偏り・過不足のない状態)」に沿う 高い位についてもおごり高ぶらず、低い地位にいても上に背くことがない 物事の推移を前もって予知できる 外を飾るよりも内心を修め、威厳につとめることはしない 自分と外的な環境を一つに合わせるからいつもうまくいく 徳(卓越性)と位(地位)と時(時機)を備えている 平時には立派に発言ができて高い地位につき、乱世には深い沈黙ができて禍を免れる 行動を起こすまでもなく人から尊敬され、ことばを出すまでもなく人から信用される 偉大な徳をそなえふさわしい地位、俸禄、名声、長寿を得る 身近なことから取り組むことで遠くへ行ける(小事から始め大事を成す) 善行に徹する(悪を隠して善を揚げ、その両端を執って、その中を民に用いる) すべきことを事前にする 人に求めることを自分に求める 何事でもひろく学んで知識をひろめ、詳しく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析して判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする 勤勉で惑わず、努力家で憂えず、勇敢で怖れない 「中庸」を摂り、どんな境遇になろうとも、それにふさわしい形で自分の道を守りつづけていくから、むりのない安らかな境地にいて運命のなりゆきを待つことができる 先祖の事業を立派に引き継ぎ今は亡き死者に仕える 心霊の意向をたずね疑問がないことを実行する(目に見えない本質に従って正しい行いをする) 百代ものちの聖人にはかって疑惑がないことを実行する(未来にあっても恥じないであろうことを行う) 政治については「政を為すは人に在り。人を取るには身を以てし、身を修めるには道を以てし、道を修めるには仁を以てす」という記述があります。徳の高い人はまずは自らを律することで人々を治めますが、人を思いやる心がなければ自らを修めることはできず政治は成立しないことを意味しています。 聖人君子はそうはいませんが「中庸」には、この思想について「生まれながらにしてこれを知り、或いは学んでこれを知り、或いは困(くる)しんでこれを知る。そのこれを知るに及んでは、一なり」という記述があります。つまり、この思想は聖人君子だけのものだけではなく、「中庸」に生きる道はすべての人に開かれているということです。 また、最高の徳には声もなければ匂いもなく毛のように軽いものだとしています。最高の徳は主張しないことを説いており、これは謙虚であることの重要性と解釈することができます。 余談ですが、古代中国では「中庸」の究明をした孟子が没すると異端の老荘の道家や仏教の徒が盛んになったようです。しかしながら、老荘流の虚無主義や仏教の寂滅主義では「天下国家を治めるのが難しい」という考え方も根強く、それが「中庸」の思想を支えてきたようです。538年に百済から日本に伝来したとされる仏教ですが、実は儒教は513年に同じく百済から仏教よりも早く伝来したとされています。仏教は人々の心の拠り所となり、儒教は武家の教育に用いられたことからも分かるように、仏教は広く人民のための、儒教は統治する側の宗教であると理解することができます。だからこそ儒教、とりわけその基礎となった「中庸」の思想は経営やマネジメントの手法そのものとも言えます。これを知ることは、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方にとって非常に重要です。 このような本質的で内容の濃い情報が詰まった本書「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を是非お手に取っていただくことをおすすめします。なお、本書には「中庸」だけでなく「大学」という経典も含まれています。「大学」については「ビジネスを強化する儒教の哲学『大学』について」で紹介しています。合わせてご覧ください。 書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「大学・中庸」朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊 ビジネスでの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスを強化する儒教の哲学「大学」について

「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を題材に、ビジネスを強化する儒教の哲学「大学」について解説していきます。文章中の一部の語句にwikipediaへのリンクを設置していますので、興味のある方は合わせてご覧ください。 儒教とは古代中国の教説で「己れ自身を修める」道徳説と「人を治める」民衆統治の政治説を兼ねた「修己治人」の哲学・思想から成り立っています。儒教の経典である「四書」を(1)大学(2)論語(3)孟子(4)中庸の順に学べば、人は誤りを犯すことがないとされています。今回は「四書」の中から「大学」を題材に、ビジネスを強化・発展させるために経営者が持つべき価値観について解説していきます。 「大学」は元々は古代中国の哲学者、曾子(そうし)が孔子の教えを基にして著したものを、後に朱子(朱熹)が四書としてまとめたとされる「理(自然界の秩序)を極め、心を正し、わが身を修め、人を治める」ための方法を説いた経典です。 その中で特に重要なキーワードとして「三綱領(さんこうりょう)」という言葉が登場します。そのポイントは3つあります。 三綱領 明明徳(天命を明らかにする) 親民(民を親しめる) 止至善(善に止まる) 人には必ず自然界の秩序の上で割り当てられた役割すなわち「天命」があり、まずは自らの天命を悟ることから善く生きることは始まるとしています。 また「大学」では、天下の本は国家にあり、国家の本は家庭にあり、家庭の本は自らにあると説いています。国家をよく治めるには、必ずまずその家庭を和合(円満に)する必要があり、そのためには自らを律することが重要だとしています。その価値観をまとめたものは「八条目」と呼ばれています。 八条目 格物(道理を極める) 致知(知を極める) 誠意(誠意に生きる) 正心(心を正す) 脩身(身を修める) 斉家(家を整える) 治国(国を治める) 平天下(天下を平らかにする) 天下を治める1〜8の順に物事を実行していくことが説かれています。「大学」の要諦でもあるこの「八条目」は、現代における経営やマネジメントに求められる価値観とも一致しており「八条目」を理解することは、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方にとって非常に重要です。 また「大学」にはビジネスにおける決断を支える重要な価値観が多く示されています。下記にいくつか紹介していきます。 「大学」に学ぶ経営力を強化する価値観 君子(上司)に求められるのは「仁(人を思いやること)」 臣下(部下)に求められるのは「敬(慎み欺かないこと)」 子供に求められるのは「孝(親を敬い仕えること)」 親に求められるのは「慈(子の幸福を願い与えること)」 人との交友で求められるのは「信(友情に厚く誠実なこと)」 道義を守ることこそ本当の利益 怒り、恐れ、好楽、憂患(心配事)があるときは正しい判断ができない 君主としてすぐれた人物を重用できないのは怠慢 君主として善くない人物との関係を絶ちきることができないのは過失 民を治めるには赤子を慈しみ育てるようにする 好きな相手でも同時にその欠点をわきまえ、嫌いな相手でも同時にその長所をわきまえる 「徳」から「人(人間)」「土(土地・国土)」「財(財産・経済)」「用(活用・目的)」の順に発展する(誠実でなければ社会は発展しない) 「徳」は本なり、「財」は末なり(誠実でなければ財産は集まらない) 財産が集まるときは民が散じ、財産を散じるときは民が集まる(財物を民間に流すことで民心が得られる) 物を作ることが能率的で、消費するほうが緩慢であれば国の財物はいつも豊か 国を豊かにする方法は「本(根本)」を務めて「用(働き)」を節することにある(倫理観を備え倹約すれば豊かになる) 厳しく重税をとりたてる家臣を置いてはならない 理を窮め、心を正し、わが身を修め、人を治めるための方法を教える「大学」に対して、小学校では基本となる六芸(掃除・人とのうけこたえ・立ち居ふるまい・礼儀作法と音楽・弓射や馬車の扱い・読み書きと算数)を教えた このように、儒教においては「徳」を非常に重視しますが「徳」とは「誠実」であることを意味します。「徳」を備えた経営者はその人望から経営に貢献する人々が周りに集まり、物事がうまく運ぶ(運が良い)ため事業を成長させることができます。経営者が手本としたい「徳」を備えた人格者を儒教では「聖人君子」と呼びます。次に聖人君子とはどのような人を意味するのかを示していきます。 聖人君子とは 「三綱領」「八条目」(前述)を体現している 身近な一定の規準から広い世界を推し測る「絜矩(けっく)の道」を知る 聡明と叡智を備えて十分に本性を発揮する 民の父母として人を思いやる広い心がありそれが外見に現れる 先聖を祭る(先の聖人、先祖に恥ずべきことがない) さて、ここまで見てきたように「大学」は、「徳」を重んじることで人間社会に太平をもたらすことを説いた思想であると言えます。それではこのような思想は何を根拠にして成り立ったのでしょうか。これを知るためには自然界を支配する法則(摂理)にヒントがあります。最後にこれを示してまとめとしたいと思います。 自然の法則(摂理) 自然のめぐりは循環して、極点まで至ったものは必ずもとに復る 性は善なり(善を好んで悪を憎むのが人の本性) 人間は生まれながらに四徳(仁・義・礼・智)を与えられている 万物は理と気によって成りたっている(理は最高善だが気に蔽われ情欲があらわれて善悪がまじりあうことになる) 悪事を好むのであれば必ず災難が身にやって来る 物に本末あり、事に終始あり(物事の根本と末端、始まりと終わりには因果関係がある) 「徳」の重要性を認識していても聖人君子のような生き方ができる人は少ないと思いますが、歴史上には聖人君子と呼ばれるような偉大な政治家や経営者が実在してきたことも事実です。「大学」の価値観は、ビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方が新たな事業に挑戦する際や難しい問題にぶつかった際に、目的地までの道案内をしてくれるのではないでしょうか。 このような本質的で内容の濃い情報が詰まった本書「大学・中庸」(朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊)を是非お手に取っていただくことをおすすめします。なお、本書には「大学」だけでなく「中庸」という経典も含まれています。「中庸」については「ビジネスを強化する儒教の哲学『中庸』について」で紹介していきます。 書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧ください。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「大学・中庸」朱子 著、金谷治 訳注・岩波書店 刊 ビジネスでの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスでの価値創造を支える「美学」という哲学について

「美学」とは美の本質・原理などを研究する学問で、18世紀に成立したとされる哲学の一分野です。「美学」の創始者であるドイツの哲学者アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン(1714〜1762)の代表的著書「美学(AESTHETICA)」を題材に「美」を生み出すための原則について解説していきます。「美学」は何が「美しく」何が「醜い」のかを明らかにし、どのような方法を取れば「美しい」ものを生み出すことができるのか、また「醜い」ものを生み出さないようにするには、どのような点に注意を払えば良いのかを哲学的に明らかにしています。「美学」への理解を深めることが価値創造に従事するビジネスパーソンの皆様の活動の支えとなることは間違いありません。 「美学」では「美」と「醜」を以下のように定義しています。 「美」は豊かで正確、明瞭で穏和、謙虚(感性的認識における完全性) 「醜」は粗野で無知、低俗で怠惰、偽り(感性的認識における不完全性) 「美」には下記のような原則があります。 美の本質は感性的明証性(感性に明瞭に働きかけるもの) 美の目的は美的説得性(真の明証と偽への指摘) 美の役割は神託の模倣(自然的諸規則の追求) 美が示すことができるのは「真実らしさ(偽が見られない状態)」 美は効用から切り離せない(有用でなければならない) 美は適切な題材選択を要する(自らが卓越する分野を知る) 美の源泉は美しい教養と経験 「美学」には多くの神話や古典が題材として引用されています。古代ローマ時代の南イタリアの詩人ホラーティウス、共和政ローマ末期の政治家・哲学者であるキケロー、ラテン語詩人のウェルギリウスの作品などが多く引用されており、その中には、神と人間との関係における記述も多く見られます。 良き祈願と言葉が吉兆を決める 幸運は勇気ある者を助ける 人間的なものは神的なものの下に置かなければならない(自然の摂理に従順でなければならない) 険しい状況にあっては平静な心を保ち、順境にあっては過度の喜びを自制した心を保つ(上記の項目は、ホラーティウス「カルミナ」より) 論理的思考と美的思考に共通するのは「徳(物を求めることの限度と節度を知ること)」である(キケロー「義務について」より) マルクス・トゥッリウス・キケロ胸像 1560年発刊の『義務について』キケロ Opera omnia(『マルクス・トゥッリウス・キケロの現存する全作品』)1566年 クィントゥス・ホラティウス・フラックス クィントゥス・ホラティウス・フラックス「風刺詩・書簡詩」1577年 ウェルギリウスの「アエネーイス」の主人公アエネーアースの「敬虔さ(ピエタース)」を表現する西暦紀元1世紀のテラコッタ。アエネーアースは老父を担ぎ、幼い息子の手を引いている。 バウムガルテンは作品の質は美的質をどのくらい持つかで判定されるとしています。最後に、美的な量を図るための基準をいくつか紹介します。以下のポイントを押さえながら制作することは活動する上でのガイドラインとして有効かと思われます。 バウムガルテンの美的質の基準:(認識の)豊かさ、大きさ、真理、明らかさ、確かさ、生命 ロジェ・ド・ピール(フランスの画家)の採点表:構図、デッサン、色彩、表現 サルバドール・ダリ(スペインの画家)採点表:技術、霊感、色彩、主題、天才、構成、独創性、神秘性、真実性 さてバウムガルテンは、知性的なものは「論理学」の、感性的なものは「美学」の対象であり、論理学は美学の姉であると位置付けています。これは言い換えると表面上の表現以前に論理的な裏打ちがなければ優れたデザインは成立しないことを意味しています。知性と感性に働きかけることができてはじめて作品が説得力を持つため、美学への理解は制作者にとって作品の質を上げる有力な手段になります。また「美」の原点は自然の摂理にあることから感性を磨くためには日頃から自然の恵みを感じる(例えば観光や旬を感じる食などに触れる)ことが重要と言えそうです。 様々な立場で価値創造活動に従事するビジネスパーソンの皆様も「美」の基準を明確に知ることができる「美学」を手に取ってみてはいかがでしょうか。より詳しく知りたい方には「美学」について詳細に解説した「美学」(アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン 著・講談社学術文庫 刊)という書籍をおすすめします。書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「美学」アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン 著・講談社学術文庫 刊 ビジネスの意思決定を支えるアリストテレスの哲学「ニコマコス倫理学」の要約 ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスの目的と人の心理構造を理解するフロイト「精神分析入門」

精神分析学の創始者として知られる、オーストリアの精神科医・心理学者のジークムント・フロイト(1856年〜1939年)の著書「精神分析入門」から人の心理構造について解説します。ビジネスは人の心理を相手にしており、決断をする機会の多いビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方は、顧客心理の理解なくして適切な意思決定を行うことはできません。また、ビジネスの目的を理解するためには、まずは労働の本質を知る必要があり、そこには人の深層心理が深く関係しています。本記事では、ビジネスを成功に導くために理解しておきたい人の心理構造の要諦を解説します。まず、精神分析学における心理構造を理解するための原則を下記に紹介します。 人間の生命の原動力は「性欲動のエネルギー(リビドー)」である 本能的に男性は母親に、女性は父親に愛着・執着を持つ 男性的な欲動は能動的、女性的な欲動は受動的である 睡眠時に見る「夢」の目的は願望充足である ジークムント・フロイト(1856年〜1939年) また人の心理構造は下記のような原則で構成されています。 意識領域には、自ら認識可能な「意識」、努力すれば意識化できる「前意識」、自ら認識できない「無意識」がある 心理領域には、自らの意識で制御できる「自我」、道徳を司どる「超自我」、無制限の情欲である「エス(イド)」がある 「エス(イド)」は無制限な情欲を司どり快感原則を厳守する 「超自我」は道徳の権化で、種族および民族の伝統(自らのルーツ)を引き継いでおり、両親の超自我を模範とする 「自我」は「超自我」と「エス(イド)」を統制し自らを外界に最適化させる フロイトは人は「エス(イド)」の欲動の満足を盲目的に追求するなら破滅を免れないとする一方で、「自我」が「超自我」や「エス(イド)」の重圧に耐えられなくなると精神の不調をきたすとしてます。つまり、性欲動の制御が精神の安定には不可欠ということになります。しかし性欲動のエネルギー(リビドー)は強力なため、抑制することは容易ではありません。このテーマに対してフロイトは「性欲動のエネルギー(リビドー)」は労働に転換することができるという解決策を提示しています。 性欲動はその目標を(労働に)変更する能力がある 人間社会を動かす動機は究極的には経済的なものである 社会は性欲動のエネルギーを、性的目標から社会的目標(労働)へと振り換えなければならない フロイトが提唱した心理構造 当時、フロイトの提唱はセンセーショナルで多くの反発があったようです。その理由としてフロイトの活躍した1800年代後半〜1900年代前半は科学が現代ほど発達していないという時代背景がありました。しかしフロイトは、自らの研究プロセスにおいては対象を探究し確認するというスタンスを貫いており、その成果が科学的であることを主張し続けました。フロイトによる科学や哲学、芸術についての言及を下記に紹介します。 科学も哲学も宗教も真理を目指すもの 科学には心理学と自然学しか存在しない 科学は現実的外界を強調し錯覚を拒否する 科学の手強い敵は宗教である 宗教は知識欲を満たすが掟を掲げ禁止と制限を申し渡す 哲学は知識階級の上層の少人数の関心を惹くだけである 芸術は幻想で無害有益である 芸術家は白日夢に手を加えて、他人の反感を買うような個人的なものをなくして、これを他人と一緒に楽しめるようにする術を心得ている 芸術家は他の人間が無意識という近づきがたくなっている快感の泉から、ふたたびなごやかさと慰めとを汲むことができるようにする 最後になりましたが、生涯をかけて精神疾患のある患者に向き合い続けたフロイトは「心理的な変化は徐々にしか起こらない」として根気強い治療の重要性を説いています。また、人間の共同生活を困難にするのは攻撃欲動であるとしています。それが男性的な能動性であるとすれば、戦争が起こり続けるこの世界は、相対的に男性が社会的な行動を起こす機会が多いからなのかもしれません。社会的・文化的に作り出された性差によって生まれる不平等や格差が世界の不調和を生み出しているとすれば、昨今のジェンダー平等への取り組みにも深い理由があるようにも思えます。 フロイトは人間の至上の幸福はただ自分になりきることであり、選択の余地があるものならば運命を相手に正々堂々と戦って滅んで行くほうを選ぶべきだと述べています。 ビジネスを成功に導くためにビジネスパーソンは、あらゆる行動について人の「意識」だけでなく「無意識」にも働きかけていることを忘れてはなりません。これは同時に表面的で浅はかな思慮では人の心は動かせないことを意味しているのではないでしょうか。創造的な活動に従事する全ての人に是非「精神分析入門」を手に取ってみていただければと思います。下記のリンクから詳細をご確認ください。 (当記事執筆者:辻中 玲) 「精神分析入門(上)」フロイト著・新潮文庫刊 「精神分析入門(下)」フロイト著・新潮文庫刊 ビジネスの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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ビジネスでの決断を支えるダンテ「神曲」における善悪の判断基準

西洋美術史で画家・彫刻家の第一の発想源は『聖書』、第二はイタリアの詩人ダンテ・アリギエーリの代表作『神曲』であるとされています。『神曲』は「地獄編」「煉獄編」「天国編」で構成されており、ダンテ自身が地獄、煉獄、天国を巡る旅をする物語です。 人間は死後、生前の行いに応じて「地獄」「煉獄」「天国」に行くことになっており、特に煉獄は天国行きに及ばなかった人が、天国へ行く前に生前生きたのと同じ期間修行する場所とされています。 この作品でダンテは地獄では悪魔を、天国では神の恩恵のもとに聖母マリアを見ることになります。全編を通して次々と登場するギリシア神話やローマ神話、聖書の登場人物、また当時のイタリアの政治家や著名人との対話によって、それぞれの場所の情景が臨場感をもって描かれています。 普遍的な内容と幻想的な世界観による叙事詩として世界文学史上で最大の古典の一つとされる『神曲』ですが、その概要はwikipediaの『神曲』にありますので、ここではこの作品が示す善悪に対する価値観を総括し、ビジネスパーソンの皆様が難しい決断をする際の支えとなる善悪の判断基準の要諦を説明していきます。 『神曲』では自由意志のもとにこの世でどう身を処してきたかの全責任は当人が負うとしています。天国か煉獄かそれとも地獄に行くかはその人の決断次第というわけですが、できることなら自ら地獄行きを選択して痛い目には遭いたくないものです。 決断する機会の多いビジネスパーソン(特に経営層、管理職、マネジメント職)の方には『神曲』が示唆する善悪の判断基準を、日常的な決断時の指針にするのも良いのではないでしょうか。 ダンテ・アリギエーリ(1265〜1321年) まずは『神曲』にあるギュスターヴ・ドレによる挿絵と一緒に地獄、煉獄、天国に登場するシーンの一部を見てみましょう。それぞれの場所がどのような場所なのか臨場感をもって表現されています。 悪魔大王が突っ立って、六枚の翼で風をまき起こしている。(『神曲 地獄編』第三十四歌より) 百合の花を冠にかざした二十四名の長老が…進んで来た。(『神曲 煉獄編』第二十九歌より) 祝福された人々が、真白の薔薇の形に並んで現れる。(『神曲 天国編』第三十一歌より) 次に『神曲』が示唆する善悪の価値基準を挙げていきます。 聖書における3つの徳は「信仰、希望、愛」である。天国にあっては信じる到達点を実際に見るため「信仰」は存在せず、望んだ至福を実際に持つため「希望」も存在しない。しかし「愛」だけは永遠に続く。天国に行くには3つの徳と次の4つの基本道徳は必須である。 4つの基本道徳は「正義(善行に励み徳を積むこと)、力(能力を得るべく鍛錬すること)、思慮(知識に拠り考えること)、節制(忍耐すること)」である。 7つの大罪は「傲慢(自らを偉大だと思うこと)、貪欲(欲深いこと)、邪淫(快楽を求めること)、嫉妬(他人の物を欲すること)、貪食(大食い)、憤怒(激しい怒りの感情)、怠惰(努力を怠ること)」である。7つの大罪を甚だしく犯した者は永遠に続く地獄に行くこととなり救いの希望はまったくない。また、その度合いによっては煉獄で懺悔の機会が与えられる場合もある。 また『神曲』は下記のような価値観も示しています。 小は大に及ばない 略すべきものは略さねばならない(簡潔は善) 全体を見ず一箇所だけを見てはならない 時を惜しむ者は幸い 懺悔する者は幸い 「裏切り」は最も罪が重い 不正に富を得てはならない 甘い話に乗ってはならない 簡単に約束をしてはならない 人の争いに耳を貸してはならない 穂が実らないうちから穂の数を勘定してはならない 隠せることは何もない 英雄はみな努力し、探し求め、屈服しない意志において強固 太陽や諸々の星を動かすのは神の愛である さらに本書の中に登場する言葉の中にいくつかの人生の教訓となりうるモットーがありますので、ここに3つ紹介します。 「その先へ進め」PLUS ULTRAスペインの国章にあるヘラクレスの柱と共に刻まれたスペインのモットー:さらにその先があることを意味している。 「正義を愛せよ」DILIGITE IUSTITIAM旧約聖書続編「知恵の書」の冒頭にある言葉:この地を治めるものは正義を貫かなければならない。 「幸あれマリア 恵まれた方」AVE MARIA GRATIA PLENA新約聖書「ルカによる福音書」にある天使からマリアへの受胎告知の言葉:奇跡は神への従順さによって起こることを示唆している。 スペインの国旗 スペインの国章 余談ですが、ギリシア神話では、メドゥーサ退治に向かった英雄ペルセウスやトロイア戦争でトロイアの木馬の策を考案した英雄オデュッセウスに女神アテナが後ろ盾となったように、難しいことに挑戦しようとする者に守護神が現れるシーンが度々見られます。自ら運を引き寄せるためには果敢に挑戦しなければならない、挑戦する者には運が味方をするというメッセージが込められているように思えます。神という絶対的な存在に価値基準を置くことが、今でも続く西洋文化のルーツであり強さであることは間違いありません。 さて『神曲』では、生きるものは自然と技法の手段で生計を立て子孫を繁栄させなければならないとされています。詩人ダンテは神から啓示を受けた時に筆を取るという一文があり、作品は不自然な方法で作るべきではないというダンテの創造へのポリシーが垣間見えるようです。 ちなみにフランスの彫刻家 オーギュスト・ロダン(1840〜1917年)の代表作「地獄の門」は「神曲」に着想を得て制作された彫刻です。また「地獄の門」の上に座る人を抜き出した「考える人」は、地獄の門の上から地獄に堕ちた人々を見つめ考え込むダンテを表したものであると言われています。東京の上野公園内にある国立西洋美術館では「地獄の門」や「考える人」を見ることができます。「神曲」を読んでからこれらの彫刻を見るとより「神曲」の世界観を楽しむことができます。 西洋文化のルーツを理解するうえで最も重要な書籍である「神曲」を手に取ってみてはいかがでしょうか。口語訳で理解しやすく要約や訳注も置かれた「神曲」(ダンテ著・河出文庫 刊)をおすすめします。書籍の詳細は下記の表紙画像をクリックしてご覧いただけます。 (当記事執筆者:辻中 玲) ロダン「地獄の門」 ロダン「考える人」 「神曲 地獄篇」ダンテ著・河出文庫刊 「神曲 煉獄篇」ダンテ著・河出文庫刊 「神曲 天国篇」ダンテ著・河出文庫刊 ビジネスの決断を助ける「易」という哲学について ビジネスの本質を理解する「聖書」の価値観について

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