「空へ」からリスク管理について考える

「空へ エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか」(ジョン・クラカワー著 海津正彦訳 文藝春秋)から、リスク管理を行う上でヒントになりそうなポイントを紹介します。本書は、1996年5月、多くの死者を出したエヴェレスト登山隊に参加し、九死に一生をえて生還した作家が描くエヴェレスト大量遭難の軌跡です。本書の事故についての詳細な記述は、クライミングにおけるいくつかの事実を示唆しています。

  • クライミングは危険さゆえに人を惹きつける
  • 事故はつまり「人間の過ち」である
  • 周囲の情勢や人間関係により率直に行動できないことが危機を招く
  • 小さな過ちが、ゆっくりと危機的な大きさに成長していく
  • 計画を無視することが重大な結果を引き起こす要因となる
  • 死なないために、己の『内なる声』に注意深く耳を傾ける必要がある
  • (頂上を目前にして)引き返すか(アタックして)死ぬかの二者択一の場面においては、登山家・芸術家として前者に耐えられないという状況が発生する
  • 過酷な状況下においては組織は解体し存在しなくなる
  • 過酷な状況下においては(誰の命を救うかという)資源の選択的分配という状況が発生する

これを経営に置き換えて考えると、リスク管理に通じるものがあります。経営においても、「人間の過ち」を防ぐためには、「内なる声」に耳を傾け、周囲の情勢や人間関係に影響されず率直に行動する必要があります。本書では、過酷な状況下においては組織は解体するため、所属する個人は自分自身に帰属することとなり、そこでは、すべて自己責任での判断を要するとしています。標高8,848メートルのエヴェレストでは、あらゆる判断は過酷な状況下で行われ、自己の命を守れない者は命を落とすことになります。

一方、経営においても、自然災害や疫病、テロなど過酷な状況が発生するリスクは常に存在します。近年BCP(事業継続計画)の策定が重要視されているのも、経営とリスク管理が切り離すことのできない関係にあることを意味しています。そのような緊急事態だけでなく、経済情勢の悪化や、業務上の事故など備えるべき点を挙げればきりがありませんが、リスク管理の意識を持って経営に取り組むことは非常に重要です。

本書では、クライミングにおいては「最も過酷なルートに、最少の装備で、考えられるかぎりもっとも大胆なスタイルで組み付いていったとき、名声をえる」とされています。経営に置き換えて考えると、会社が倒産することが賞賛されることはないため、この点はスポーツと経営が全く異なる点といえそうです。経営が組織の機関によるもの、スポーツが根本的には個人の機関によるものという本質的な違いによるのかもしれません。

本書は、経営書「ビジョナリーカンパニー4」(ジム・コリンズ著 日経BP)のモチーフになったものであり、リスク管理について多くを学べる内容となっていますので、是非ご一読を勧めします。